第23話 空虚な未来とココア


 水の中から現れた道は迷いようのない一本道だった。

 ココアが一歩進んだ先にあったのは、水晶のようにつるんとした綺麗な丸を描き、空中にふわふわと飛び回る無数のシャボン玉だった。

 風のないこの場所でシャボン玉は舞い上がったり、落ちたりと、まるで意思を持っているかのように動く。

 見えるだけでも、無数のシャボン玉が飛んでいるのか……、少しでも動けば、シャボン玉に触れて割ってしまいそうだ。

 そして、シャボン玉の一つ一つは光を持って発光していた。暗闇の中でも明るいのはこのシャボン玉がその中に光を宿しているからだった。

 いつものココアならワクワクして仕方がない心も、今は先ほどの後味の悪い映像を見せられたせいか、いつものようには動かない。

 ココアはシャボン玉をなるべく割らないようにと歩きだすが、やはり自分の身体に触れていまい、いくつかのシャボン玉はココアの服にキラキラとした雫を残して消えていく。

 ココアはふと、目の前に浮かぶシャボン玉に手を伸ばす、やはり触れるか触れないかのところで〝パチ〟っと小さな音を立てて、消えていった。

 一歩踏み出し、歩いて行くと、まるでシャボン玉に導かれているかのようだ。


 しかし、そんな甘い時間は一瞬だった。

 歩みを進める度に、ココアの意思とは別に脳裏に流れてくる映像……無数に浮かぶシャボン玉の中に映写されたものをココアは無意識に受け取っていたのだった。

(何これ……、頭の中に勝手に…… いやだ…… やめて……)

 ココアは頭を抱えて、その場にしゃがみ込んでしまう。

「いや……、私ができなかった経験を……勝手に作り出さないで……」

 今、ココアの頭の中ではある映像が仕切りなしに流れていた。

「やめて…… なんで……なんで、こんなもの見せるの…… こんな……こんな、病・気・に・な・ら・な・か・っ・た・私・の・映・像・なんて……」

 放課後、友達と公園で遊ぶココア、思う存分ブランコに乗るココア、体育で跳び箱を飛んだり、ドッジボールをするココア、好きなだけ自分の好きなお菓子を食べるココア、食事制限のないご飯。ココアの歩むことのできなかった『病気にならなかったココア』の人生を無数のシャボン玉は何食わぬ顔で突きつけていた。

 ココアからしたら、このシャボン玉達がまるで牙を向いて自分に襲いかかっているように……

 そして、このシャボン玉の映像が見せるのは『病気にならなかったココア』だけではなかった。

 それと一緒に『未来のココア』の映像もココアに突きつけていた。それは今のココアからしたらあまりにも残酷だった。

 近所の公立の中学校に行くことになったココアはセーラー服を着ている。立っているのは数ある部活の勧誘ポスターの前だ。ココアが選んだのはテニス部。入部届を提出して、部活に励み、そのうちに友達もできる。休日は部活に参加したり、たまに友達と近くのショッピングモールで買い物をしたり……そんな未来だった。

「こんな……未来見せないでよ……」

 ココアは自分の頭を拳を作り、両手で叩いている。

「病気が治らなかったら……病気が治らなかったら…… 少しもよくなっていないのに…… こんなのってないよ…… こんなのって酷いよ……」

 頬を少しづつ濡らす。

「病気に負けたくないの……負けたくないのに…… 自分の未来がいつも想像出来ないんだよぉ…… 辛い…… 苦しいよ…… 辛いよ……」

 自分には本当にこんな未来が訪れるのか……一生、闘病生活なんではないかという不安が一気に押し寄せる。

 ココアの流す涙がシャボン玉にあたり、ぱちぱちと割れる。

 シャボン玉はそれでも自分には関係ないという言わんばかりに、空中をフワフワと飛んんでいる。

「これが……試練なの……〝ぴぴ〟……。ねぇ、〝ぴぴ〟起きてよ……。何か言って……、こんなの見せられて、どうしたらいいの?」

 ココアは頬に流れるまだ止まらないそれを手で拭い、これ以上、溢れないようにと顔を上に上げた。

「私……私……こんな、試練なら、やめーーーー」

 瞳が洪水に溺れるなか、発光するシャボン玉の中に一瞬、光る何かを見つけた気がした。

 それは、そのシャボン玉が見せた映像なのか……はたまた、ココアの頭の片隅にあった記憶のカケラなのか……混乱を続けるココアの頭ではちゃんと認識することはできなかった。


『ココア……、ココアは周りの子……友達のように遊ぶことはできなくなってしまったの。遊びたい時期に体を思うように動かせないのはとても辛くて、苦しいことよね。時に何かをしたいという気持ちはそれを実現出来ない人達にとって、とても疲れることだし、苦しいことだと思うの。でも、お母さんとこれだけは約束して……病気には負けない! お母さんは何があっても、ずっとココアの味方だから……』


 それは過去にしたお母さんとの約束だった。病気と闘うにあたって、決めたたった一つの約束。

「お母さん……、うっ……うぅ……。私、大丈夫。大丈夫だよね……。最後まで頑張る……、病気に負けない! 光のカラットを手にして、病気を治してほしいってお願いするの!!」

 その時、板ゼラチンが熱に溶ける瞬間のように、今まで、ココアが立っていた水の床がぐらっと歪み、本来の姿を取り戻す。

 ココアはバランスをとる暇もなく、そのまま水の中に引きづり込まれた。

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