第9話:あらためて魔王学園に初登校

 転校初日は、校舎に入る前に気絶して、その後は魔王候補控え室――通称『宮殿パレス』でリゼル先輩たちにエッチな癒やしを受けて、帰宅。


 結果だけ見れば、初日からサボったようなものだ。


 そして二日目。


「ゆーくん。銀星学園はどう? やっていけそう?」


 朝食の食卓で、にこにこ微笑む母さんに対して罪悪感が湧く。


「う、うん。まあ、何とか……」


 歯切れ悪く答えると、父さんがタブレットから顔を上げる。


「何か問題でもあるのか?」

「いや、そういうわけじゃないよ」


「そうか? だったらいいんだが……父さんは昨日お前のことが心配でな、対戦格闘ゲームで十連勝しか出来なかったぞ」


「そんだけ勝てば十分だよ」


 うちの両親はゲーム好きだ。ゲーマーと言っても良い。さらに言うとオタクである。新番組のアニメチェックも一通りするし、未だに夏冬のコミケも欠かさない。


 二人ともアラフォーだが、よその親に比べると割と気持ちが若いからかも知れない。さらに見た目はもっと若い。

 三十代そこそこ、ヘタをしたら二十代でも行けるかも。


 母さん曰く、悪魔からご褒美としてもらった指輪のおかげらしいが、確かに美魔女的な効果はありそうだ。


「お友達はできた?」


 その美魔女、いや母さんが少し心配そうに訊いてきた。


 咄嗟にリゼル先輩、雅、れいなの三人の顔が浮かぶ。


 友達と呼んで良いのか若干疑問だが、ここは嘘も方便。母さんを安心させたい。


「うん。特に仲が良くなったのは三人かな。面倒見の良い人たちで助かってるよ」


「そうなの。良かったわね~」


 母さんは心の底からほっとしたように微笑む。


「まったくだ。まさかうちの子が銀星学園……魔王学園になあ」


 しみじみつぶやく父さんに、俺は思わず苦笑いをしてしまう。


「またそれなの? 父さん」


「貴族で、しかも優秀な子供……そんな超エリートでなければ入れないからな。雲の上の存在だよ」


 とすると、リゼル先輩たちもいいところのお嬢様ってわけだ。雅はパッと見、そうは見えないけど。


「だからお前が魔王学園で楽しい日々を送ってくれるだけで、父さんは満足なんだ。確かに魔王のアルカナに見初められたのは喜ばしいが、無理に魔王になろうとしなくてもいい」


「その通りよ、ゆーくん! 危ないことは絶対にしちゃダメだからね!」


 二人とも悪魔の世界には詳しいから、次期魔王を決める魔王大戦についても当然知っている。だから俺のことを心配してくれているんだ。


 分かったと返事をして朝食を終えると、俺は魔王学園へ登校しようと、家を出た。


 そして角を一つ曲がったところで、見慣れない車が駐まっているのに気が付いた。


 黒塗りのやたらデカい車だった。もしかしてロールスロイスじゃないか? この辺りじゃ、珍しいな――と思っていると、窓が開いて黒髪の美少女が顔を覗かせた。


「おはよう。ユート」

「リゼル先輩!?」


 どうしてこんなところに? と思っていると、


「あなたを迎えに来たの。学園まで送るわ」


 いや、でも悪いですよ、なんて遠慮の言葉を並べているうちに、執事風の運転手に背中を押されて後部座席に乗り込んだ。

 運転手が席に着くと、車は音もなく動き出す。


「すみません先輩。わざわざ迎えに来てくれたんですか?」


「ええ。ユートが登校中に襲われる可能性もあるから。護衛を付けようかとも思ったんだけど、それなら私の車に乗せた方が早いと思って」


「襲われるんですか? 俺……」

「もう経験したはずよ?」


 確かに。俺は昨日いきなりゲルトにからまれたことを思い出した。


「心配しないで。あなたに手出しはさせないわ」

「なんか女の人に守ってもらうというのも、ちょっとかっこ悪いですね……」


 リゼル先輩は首を横に振った。


「魔法を覚え始めたばかりなんだから当然よ。でも、すぐにあなたは強くなる。私をすぐに追い抜くくらいに」


「……にわかには信じられませんが」


「アルカナの声を聞いたのなら間違いないわ」


「へ? ええ、まあ……今朝もアルカナに起こされたので聞きましたが」


 リゼル先輩はぎょっとしたように目を見開いた。驚きの顔も初めて見たが、大きく見開いた瞳は青い宝石のように綺麗で、そちらの方に気を取られた。


「ユート、あなたアルカナを目覚まし時計にしてるの?」


「頼んだわけじゃないんですけど、起こされるんですよ」


 今度は小さく口を開けたまま、固まっている。その表情がやけに可愛らしい。

 色々な表情を持っている人なんだと気付いた。


「あきれた……よっぽど溺愛されているのね」


「は?」


 なんだ、溜め息まで吐かれたぞ?

 それに、あきれたって……愛想を尽かされたってことか?


「あの、先輩? 俺、何か幻滅させるようなことでも?」


「感心したのよ」


「だったらいいんですけど……」


「……明日から、私が起こしに行こうかしら?」


 何かぶつぶつ言ってるけど、よく聞き取れない。


 先輩の様子を観察している内に、車は学園に到着した。

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