第33話 『世界』のエース

「……っ! アスピーテの言うことなんて聞く必要はないわ!」

「ですですっ! 戦うにしても、れいなたちカードも一緒に戦います!」


 だが、俺は一人で前に出る。


「廃田、よくも俺の家を襲ってくれたな。関係のない父さんや母さんまで巻き込みやがって……」


「巻き込む? てめーは歩くとき、足下の虫や微生物のことを心配すんのかよ?」


 ――この野郎。


 俺は体の中で魔術式を組み立ててゆく。

 一つ、二つ、そして……三つ!


 次の瞬間、俺は廃田の目の前にいた。


「――へ」


 渾身のパンチを廃田の顔面にブチ込んだ。


「ぐはぁおおおぁあああああっ!!」

 廃田の体が奇妙な回転をして、体育館の壁に叩き付けられた。


「ユート!」

「やったぁ! バシッとキメたね!」

「すごいすごいです! ユートさんっ!!」


 みんなから喜びの声が上がる。

 しかし油断するには早い。


「てめぇ……クソが」

 廃田が立ち上がった。唇の端に滲んだ血を手で拭い、狂気にあふれた目で俺を睨む。


「このクソヤロウがぁあああああああああああああああああああああっ!!」

 廃田が右手を前に出し、魔法陣を展開させた。俺もすかさず手を前に出す。


「『獄魔炎ファイザード』!!」

「『魔障壁バリカーデ』!!」


 廃田の炎を俺の障壁が防ぐ。凄まじい炎の量だ。

 防御魔法で防いでいるものの、俺の横と上、一メートルほどのところを炎が通り過ぎてゆく。それだけで、猛烈に熱い。このままじゃ炙り殺される。


「ユートっ! 今助けに――」

「待ってくれ! リゼル先輩!! 俺は自分の力で勝ちたいんだ!」


「な……何を言ってるの!? そんな意地を張ってる場合じゃないわ!」

「そうだよ、ユート!」

「ユートさんっ!」


 しかし俺はうなずくわけにはいかない。返事をする代わりに、『駿足鬼ストライド』を発動させ、床を蹴る。


「う!?」

 俺の姿を見失った廃田に、俺は側面から殴りかかる。


「クソが!」


 さすがに今回は直撃は出来なかった。

 しかし、廃田の『獄魔炎ファイザード』を止めることには成功。

 廃田は一気に距離を取って、俺から逃れる。


 俺は廃田から目を離さず、背後のみんなに向かって話しかけた。


「みんな、俺を信じてくれ。アスピーテの言う通り、確かにあんな奴に勝てないようじゃ、他の魔王候補に勝つなんて夢のまた夢だ」


「……分かったわ」

「ちょ! センパイまで!?」


 食ってかかる雅を、リゼル先輩は手で制した。

「でも、もし危なければその時は手を出すわ。それでもかまわない?」


「ああ」


「その時は、あなたはその程度のもの。みんなの王である資格なんてない……それでいいのね?」


「それでいい」


「な、何言ってんの!? センパイもユートも!!」

「ですです! れいなは……れいなは、そんなのいやです!!」


 れいなの涙混じりの声に、俺は心の中で詫びた。

 でも、俺は――


「ユート」

 俺の背中に、リゼル先輩の手が触れた。魔力と共に、熱い想いが流れ込んでくる。


「勝ちなさい。絶対に!」


「はい!!」


 リゼル先輩の強い意志が、俺に気合いを入れた。


 俺は雅に教わった『駿足鬼ストライド』『装甲鬼アルマード』『魔導力マキシマイズ』を並列起動し、廃田に仕掛けた。


 しかし――、


「なに!?」

 俺の拳は空を切った。そして、背後で声がする。


「クソが! んなもん、誰だって出来んだよ!」


「ぐあっ!!」

 背中に感じる衝撃。俺の体は前に吹き飛ばされ、床を転がった。


「ユートさんっ!?」

 れいなの心配そうな叫びに、俺はすかさず立ち上がる。


装甲鬼アルマード』がなければ、背骨をへし折られていた。


「いくぜオラァ!! 人間の実力を見せてみろやぁ!!」

 廃田が信じられない速度で接近し、むちゃくちゃに拳と脚を叩き付けてくる。

 それは特に武術のようなものではないが、単純に速度とパワーが凄い。


 さすがは『世界ワールド』のエース。性格は最悪でも、実力は相当なものだ。


「ぐっ……!!」

 防御しきれず、パンチを食らう。

「ひゃぁはははっはは! 思い知ったか! てめぇの身の程をよっ!!」


 雅に教えてもらった技術を、廃田はいとも簡単に、それも俺以上の魔力でやってのけた。

 クラスの一般の生徒には難しいものであっても、魔王候補やそれに仕えるカードにとっては、基本的な技術なのだ。


「てめぇも、てめぇを担ぐリゼルも雅も、無駄なんだよ! 魔王大戦に参戦すること自体が無駄なんだよクソが!!」


 俺は腕を振って、必死に廃田の拳をさばく。


「無駄かどうかなんて、やってみなきゃ分からないだろうが!」


「分かるに決まってんだろおが! 『恋人ラバーズ』のアルカナは最弱だ! 今までまともな戦績なんざ残したこともねえ! 完全な貧乏くじなんだよ!!」


「な……」


「あの女どもに騙されてんだよ! てめーも『恋人ラバーズ』のアルカナも魔王の器じゃねえ。勝ち目がねえことくらい、あの女どもも分かってる。だからてめーを勝たせる気なんてねーんだよ。ただの暇つぶしと、俺たちへの当てつけだ!!」


 廃田のパンチを俺は手の平で受け止め、つかむ。


「違う」


「あ?」


「みんなは本気だ。そうでなければ、俺なんかを必死に説得したり、毎日訓練したり、夜も寝ないで守ったりしてくれない!」


 廃田の拳を握りしめる指に力を込める。乾いた音がして、廃田の拳がぐしゃぐしゃに潰れた。


「ぎゃぁあああああああああああああああっ!?」

 俺が手を放すと、廃田は信じられないものを見るような目で、砕けた手を見つめた。


「な……なんだ、てめぇ、この力は……」


「あんなに一生懸命、俺を支えてくれるみんなを、バカにするのは許せねえ!!」


 再び前に踏み込み、廃田を殴り付ける。

 ガードをするが、その腕をへし折った。


「ぐあああああああっ!?」


 明らかに『魔導力マキシマイズ』のパワーが格段に上がっている。

 俺の中にある魔力が明らかに変質していた。

 たった一滴の魔力――本来は小さな炎を灯すような魔力、それが町を破壊するような爆弾へと変わっていた。


 理由は分からない。

 だが、今は悩む時じゃない。


 今はただ、目の前の男を叩きのめす!


「く……調子にのんじゃねぇえぞ! クソがぁああっ!!」

 廃田が折れた両手で魔法陣を作り上げる。

 さすがに凄い精神力だ。エースの称号はダテじゃない。


「気を付けてユート! 『禁止結界キープアウト』が来るわ!!」

「もう遅え!」


「これは……っ!?」


 廃田の前に、幾つもの『禁止結界キープアウト』が浮かび上がる。


 一体幾つあるんだ!? 五個、いや十個……いつの間にこれだけの結界を用意したんだ。これに囲まれたら……逃げられない!!

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