第34話 『禁止結界』を打ち砕け!

「バックグラウンドでこいつを処理してたせいで、他の魔法が使えなくてよ……腕をこんなにされたがなあ! 百倍にして返してやっからなぁああっ!!」


 空間が歪んでいるせいか、耳鳴りがする。

 背筋が寒くなり、冷や汗が噴き出す。

 見えない恐怖がじりじりと迫ってくる。


「てめーにやられた体は、雅の体で返してもらうぜ。あの尻軽ビッチを徹底的に調教して肉便器にしてやるからよぉ!」


「ふざけんな!」


「んぁ?」


「雅は尻軽でもなければビッチでもない! あいつのことをこれっぽっちも知らないくせに、自分の想像で他人を語るんじゃねえ! 雅は真面目で他人のことを真剣に考えることの出来る、いい奴なんだ!」


 雅の方を見ると、目をうるませて俺を見つめていた。

「ユート……」


「知るかぁああ! どっちにしろ、てめーはもう死ぬんだよ!! 先週の戦いで、てめーの力はもう見切ってる! お前の魔力も魔法も、底が見えてんだよ!!」


禁止結界キープアウト』が俺を取り囲む。もう逃げ場はない。だが――、


「それは一週間前の俺だろ?」


「なにぃ?」


 俺はこの一週間で身に付けた魔術式に、魔力を送り込む。

 何度も繰り返し練習して、今や破壊力も増大している。


「教えてやる! 人は成長するものだ!!」


 足下に魔法陣が展開。

 それは、俺が今まで使ったどの魔法よりも、大きく広がった。


「なっ!? なんのつもりだ!」

 廃田は慌てて、俺の足下に目を凝らす。そして安心した顔で、せせら笑った。


「バカが! この魔法陣『轟爆砕デトネーシヨン』だろうが! そんなもん、『禁止結界キープアウト』に通用するかよ!? 別の空間として切り取るって学習できねーのかよ! やっぱ人間はサルと変わらねーなぁ!!」


「確かにな。だが、お前ごと吹っ飛ばせば問題ない」

「……な!?」


 その瞬間、魔法陣が体育館の端いっぱいに広がった。

 当然、廃田の足下も攻撃範囲だ。


「な、あり得ねえ! こんなデカい『轟爆砕デトネーシヨン』なんざ、発動するわけ――」


 足下の魔法陣から、凄まじい閃光が走る。

 そして衝撃波が真上に向かって駆け上がった。


「なゃぐっ――――――――っ!!」


 巨大な爆発は、『禁止結界キープアウト』もろとも廃田の体を一気に天井まで跳ね上げた。


 廃田の全身にかかった圧力は想像を絶する。

 そして結界を施してあるはずの天井を突き抜け、屋根に巨大な穴を穿つ。


 まさに、領域限定の巨大な爆弾。


 丸く開いた天井から月の光が差し込み、体育館の中を銀色の光が照らし出した。


「ユート……」

 リゼル先輩が俺を見つめている。


「先輩、特訓の成果は……どうでしたか?」


 ふっと笑って、先輩は首をわずかに傾ける。

「満点よ」


「ユートぉおおおおおおおっ!!」


 走って来た雅が、そのまま俺に飛びついた。

「うわぁあっ!?」


 魔力を使い果たしてヘロヘロの俺は、そのまま床に押し倒される。

「ユートっ! ユート! ユートぉおおおおおお!!」


「お、落ち着けって」

「ユ、ユートが、ガツンって言ってくれて、ふにゃって、きゅーんって、それでドガガババーンって!!」


「……相変わらず、語彙不足が深刻だな」


 でも何となく気持ちは伝わった。

 俺は胸に顔をうずめる雅の背中を撫で、落ち着かせるようにやさしく叩いた。


「ユートさぁああんっ!」


 れいなも傍らに座ると、俺の手を取り、胸に抱きしめた。

「ありがとうございます! ございます! 嬉しかったです。れいな、一生ユートさんのために尽くします!」


 みんな――、


「ふうん……なるほど。これが新しい『恋人ラバーズ』の魔王候補……しかも人間とはね……」


 腕を組んだ星ガ丘ステラが、にやにやと俺を見つめていた。


「……ステラ。俺、戦いに必死で……爆発には巻き込まれなかったか?」

「え? ああ、巻き込まれたわよ」


「っ!? す、すまない! 俺は――」


 言い訳しようとする俺に、ステラはどうでもよさそうに手を振った。


「ああ、いいわよそんなの。ってゆーか、あの程度でこのあたしをどうにか出来るわけないでしょ? ね、ネイト?」


 ――ネイト?


 さっき声だけ聞こえていた……あの人か。

 月明かりの下に姿を現したネイトは、褐色の肌を持つ、金髪の美人だった。どこかオリエンタルな雰囲気を持っている。


「う、うん……平気。全然」


 さすがは魔王候補の二人、というわけか。

 しかしそうはっきり言われると、それはそれで少し傷付くが……何にせよ、良かった。


「私は……ネイト・カルナック。『戦車チヤリオツト』の魔王候補……よ、よろしく……ね」


 ずいぶんと控えめな戦車だな……。

 俺が見つめると、恥ずかしそうにもじもじしている。

 対照的にステラは俺に対する好奇心を隠そうとせず、近付いて来た。


「あなた面白いわね。今まで存在したことのない魔王候補だわ。ちょっとつき合ってよ」


 瞳には星が輝いている。

 ファー付きの制服と相まって、北の空に輝く星を連想させた。


 だがステラの前に、リゼル先輩が立ちふさがる。

「ダメよ。ユートは疲れている。また今度にして」


「あら、リゼル。独り占めしたいの?」

「――なっ!?」


 リゼル先輩の頬が、さっと朱に染まる。

「ち、違うわ。私はユートの体調管理を――」


 意地の悪そうな笑みを浮かべると、ステラは俺の頬を人差し指でつついた。

「へー、近くで見ると、結構カワイイじゃない♪」

「だ、ダメ! さわっちゃダメ!」


 リゼル先輩が子供のようだ――なんて本人には絶対に言えない感想を抱きながら、俺の意識は徐々に消えていった。

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