第11話:未解決魔術式

 なんか先生にも歓迎されていない感じがするな……。

 隣にいる雅が、こそっと耳打ちする。


「あれがうちの担任の滝沢先生。結構手強い先生だから、バシッとやっちゃって! ドッギャァアンって!!」


「だから、分かんねえよ。まあ、とにかく穏便にだな……」

「夕顔瀬さん! あなたも早く席に着きなさい」


 雅はニヤニヤした顔のまま、「はーい」と答えて着席する。


 って、俺は?


 俺は一人、ぽつんと教室の真ん中に突っ立っている。しかし滝沢先生は気に留める様子もない。仕方なく、俺は控えめに手を挙げた。


「あの、先生?」


 すると先生は、目をつり上げて俺を睨みつけた。


「伝統と格式を誇る我が銀星学園……歴代の魔王を輩出し、魔王学園と呼ばれる本校に、下級魔族ですらない人間如きを受け入れなければならないなんて……」


 教室の中が一気にざわついた。


「うそ……やっぱりあの噂は本当だったの?」

「でも魔王候補なんでしょ?」

「そんなの間違いに決まってるって」

「でも、昨日ゲルトをぶっ飛ばしたって言ってる奴がいるぞ?」

「バカ、そんなのリゼル先輩がやったに決まってんだろ」


 そんな囁きが、あちこちから聞こえてくる。


 ここはガマンだ。確かにみんなから見れば、俺は明らかな異物だ。拒否反応が起こるのも無理はない。時間をかけて、理解してもらうしかない。


「あの、先生。俺はどこに座ったらいいんでしょうか?」


 すると先生は、ちっと舌打ちをした。


「人間なら立っていればいいでしょうに……生意気な」


 先生は指をパチンと鳴らした。

 するとチョークが自動的に動き、黒板に魔術式をずらっと書き出した。


 すげえ、魔法みたい。っつーか魔法か。


「この魔術式を解きなさい。もし正解が出来たなら、座ることを許しましょう」


 なんだこれ?

 やたら複雑で、意味が分からない。


 昨日覚えた魔術式でも使われていた部分が一部あるが、意味が読み取れない。かなり高度な魔術式のようだ。


 黒板を睨む俺を、くすくすという笑いが包む。


「見て、困ってるわ」

「ふふふ、先生も人が悪いわね」

「大体、普通の魔術式だって、人間に理解出来るはずがないぜ」


 ……察するに、これは意地悪な問題のようだ。それも解くのが困難な。

 まして、入学したての俺に解けるはずがない。


「仕方がないな……」

 俺は胸の『恋人ラバーズ』のアルカナに手を触れた。


 ――頼む。この式の意味を理解したい。


『解析……一部欠損と間違いがあると推測。補完処理を開始』


 一瞬のタイムラグの後、俺の頭の中に大量の情報が流れ込んだ。そしてこの魔術式の意図に気付いたとき、俺の頬に冷や汗が流れた。


「こいつは……ヤバいな」


 先生は俺を見下すように、嗜虐的な笑みを浮かべた。


「ヤバいって、なにが? 分からないの? だったら――」


「先生、何でこんな危険なものを公開してるんですか」


「へ?」

 先生の表情が固まった。


「確かにいくつか公式が抜けてる。でも、第二節に風のエレメントを足して、第八節をネストして第十節とループするようにして、ケテルとケセドにパスを通すように――」


「ちょ、ちょっと! あなた、これが何だか分かってるの!?」


「はい。これは世界を破壊するための術式です」


「な……」


 教室にざわめきが走った。

「未完成ですし、仮に完成しても膨大な魔力が必要で、おおよそ現実的ではないのは分かります。知的実験のようなものですが、それでも悪用される可能性も――」


「だ、だ、黙りなさい!!」


 先生は顔を真っ赤にして叫んだ。


「これは未解決魔術式よ!? 優秀な魔術学者が長年研究をしているけど、まだ誰も解いた人はいない! もし解決したら、魔界技術賞もの――いえ、勲章が出るわ。適当なことを……」


 魔術式を眺める先生の顔色が、みるみる青ざめてゆく。


「いえ……そんな、でも確かに、第二節に風のエレメントを足すと……いや、こんなことって……」


 はっと我に返ると、先生は自らの手で黒板消しをつかみ、魔術式を消した。


「み、み、みなさん! 今見たこと、聞いたことは忘れること! いいですね!!」


 俺は、先生を安心させるように補足した。


「大丈夫ですよ。修正点は、あと二十二カ所ありますから。今のだけで解析は無理だと思います。でも、今後はあまり大っぴらにしない方が良いですね」


「……っ!?」


 先生が怯えたような目で、俺を見つめた。


「あの、ところで……俺の席なんですけど――」


「みんな騙されるな!」


 突然、一人の男子生徒が立ち上がった。

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