第17話:『世界(ワールド)』の騎士

「他の魔王候補は全員貴族。みんな己の栄華のために魔王になろうとしている。でも、愛の魔王であるユートなら、二つの世界を愛で支配できる。私はそう信じているの」


「リゼル先輩……」


「もっとも」


 と付け加え、先輩は可愛らしく片目をつぶった。


「それには厳しい特訓を受けて、実力を付けてもらう必要があるけど」


「……前向きに検討します」


 まったく。飴と鞭の使い分けが見事だ。


 結局のところ、俺はこの美しい悪魔な先輩の手の平の上で、転がされているだけなのかも知れない。


 それはそれで、悪くない気もした。


「それじゃ、後は体育館を覗いたら教室に戻りましょう」


 角を曲がると、渡り廊下があり、その先に体育館があった。

 俺たちは体育館の前まで行き、扉を開ける。


「……あれは!?」


 体育館の真ん中で、血だらけの男が倒れていた。


 さんざん嬲られたのだろう。制服はボロボロで、顔の形も変わってしまっている。だが、辛うじてそれが誰だか分かった。


「ゲルト!?」


 倒れたゲルトを見おろしている男が顔を上げた。


 屈強な肉体を持つ大男だった。身長は百九十センチ以上、肩幅が異常に広く、首の太さが顔の幅と同じくらいある。


 そして片手には鞘に入った剣を携えている。

 真っ直ぐで両刃の西洋風の剣のようだ。


「貴様が、盛岡雄斗か。昨日、ゲルトが世話になったそうだな」


「世話にって……お前は」


「俺は『世界ワールド』のカード、騎士ナイトのキルガ」


「ってことはゲルトの仲間か。一体何があったんだ?」


 大男は右足を上げると、ゲルトの胸を踏みつけた。ミシッと音がして、ゲルトの口から鮮血が吹き出た。


「やめろ!! お前、ゲルトの仲間なんだろ!? 何でそんなことをしてんだ!?」


「人間如きに後れを取った此奴は『世界ワールド』の面汚し。栄光あるアスピーテ様の顔に泥を塗るような真似をした罪、許しがたい。よって制裁を加えている。余計な口出しをするな」


 キルガは剣を抜いた。


 冷たく光る刃が、それが本物の剣であることを証明していた。


「よせ!!」


 俺は咄嗟に飛び出していた。


「ユート!?」


 先輩の焦った声が後ろで響いた。


 俺は『豪炎ファイガ』の魔法を出そうと、右手を前に出す。しかし――、


 魔法を発動するよりも、剣を振り下ろすという単純な動きの方が圧倒的に速い。


 ――しまった!!


 近付きすぎた。


 魔法で攻撃するのならば、むしろ距離を取るべきだった。


 こんなことを実戦で覚えていたら、命が幾つあっても足りない。先輩に鍛えてもらっていたら、こんなことにならなかったのに。


 そんな後悔を胸に、迫り来る白刃を為す術もなく見つめ――、


 目の前で火花が散った。


「!?」


 いつの間にか、俺の前に小さな体があった。


 自分の体よりも長い日本刀を構え、キルガの剣を受け止めている。


「お怪我は! お怪我は、ないですか!?」

「れいな!?」


 ――小岩井れいな。


 昨日、リゼル先輩や雅と共に、俺のカードになりたいと言った、中等部の小岩井れいなだった。


「はっ!」


 れいなは長い銀髪をなびかせ、キルガの剣を押し返した。

 返す刀でキルガを斬り付ける。


「ぬっ!」


 キルガは大きく後方へ飛び、れいなを警戒するように剣を構える。


「小岩井れいな……まだ中等部ながら、剣の腕は相当なものと聞いている」


「ユートさんには、指一本ふれさせませんっ、ですです!」


 俺は、俺を守ろうとする小さな背中を見つめた。そして、近くに倒れている、無残な姿のゲルト。


 俺のせいで、みんな――、


「れいな、待ってくれ」


「ユートさん?」


 前に出ようとする俺を、れいなはきょとんとした瞳で見上げた。


「これは俺が自分でまいた種だ。それなのに、みんなに戦わせて、守ってもらうなんて間違ってる」


 リゼル先輩が驚きの声を上げる。


「な、何を言ってるのユート! あなたはまだ――」


「これくらいの危機を乗り越えられなくて、何が魔王候補だ! 奴はこの俺が倒してみせる!」


 先輩は、はっと息を呑むと、目を大きく見開いた。れいなは、さっきまでのカッコ良さはどこへやら。あわあわと汗をかいて、うろたえている。


「や、やめて、やめてくださいっ。ユートさんは大切な体なんです! れいななんか、れいななんか気を遣って頂かなくても、ぜんぜんっ!」


「待ちなさい、れいな」


 リゼル先輩が俺に近付いて来た。


「もう止めないわ。でもね、ユート」


 リゼル先輩は俺の手を取り――自らのおっぱいに導いた。

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