第16話:魔族と人間の身分

 リゼル先輩と並んで校舎の中を歩き、図書室、科学室、美術室などを一つずつ巡っていった。設備が行き届いていることを除けば、普通の高校のようだ。


 窓からは広い校庭が見え、その先は森になっている。


「あの森も魔王学園の敷地よ」


「呆れるほど広いですね……」


 所々森が途切れ、野球場やサッカー場などが見える。それと、今いる校舎と同じような建物があった。


「あれは中等部の校舎ね」

「へえ……じゃあ、れいなはあそこにいるんですね」


「ええ。基本的に顔を合わせるのは放課後だけね。でも、毎日パレスに来ることになっているわ」


 窓から離れて、再び廊下を歩き始める。


 学食にいたときからそうなのだが……リゼル先輩は、いつも周りの生徒たちの視線を集めている。そして、噂をする声が絶えない。


「見て、リゼル様よ。何て美しいのかしら……」

「さすが侯爵家のお嬢様……気品が違うわね」

「しかも魔法の成績はトップクラス……魔王のアルカナを授かるのに相応しいお方……なのに」


 そして次に、俺へと視線が移り、


「どうしてあんな平民が……」

「平民どころか、人間らしいぜ」

「うそっ!? リゼル様に近寄ることすら恐れ多いのに……」


 なんか、すみません。と、謝りたくなる。


 自分で言うのも何だが、リゼル先輩と俺とでは釣り合いが取れない。みんながそう思うのも無理はないのだ。


 そのとき、俺の手に先輩の指先が絡みついた。


「っ!? り、リゼル先輩!?」


 手をつながれた。


 しかもこれって……恋人つなぎってやつ!?


「気にしちゃ駄目よ? あなたのことは、この私が認めているのだから」


 みんなの評判を聞いて俺が落ち込んでいるんじゃないかって、気を遣ってくれているんだ……なんて優しいんだろうか、先輩は。


「ありがとうございます。でも、みんなの気持ちも分かりますよ。やっぱり魔王候補っていうのは、気になる存在というか……みんなにとって他人事じゃないんですね」


「もちろんよ。自分たちの王になるかも知れないんだから」


 魔王、貴族、上級魔族、平民……そして人間、か。


 そういえば、俺はその関係について、はっきりとは理解していなかった。言葉のイメージから、何となく想像しているだけだと、今さらながら気が付いた。


「さっき校長からも少し聞いたんですけど……校長が魔王ってことは、あの人が魔族の王ってことなんですよね?」


「ええ。全ての悪魔の王よ。この世界とは別の魔界を支配している。当然、こちらの世界も魔族の支配下にあるから、二つの世界の支配者になるわね」


「つまり、人間の上位に魔族がいて……その魔族にも身分制度があるんですよね。先輩は貴族って言ってましたけど……」


「一応ね。名ばかりの侯爵家よ」


 侯爵って、貴族の爵位の中でもかなり偉いんじゃなかったっけ?


「魔族の身分制度は、上から大公、公爵、侯爵、辺境伯、伯爵、子爵、男爵という序列になっているわ。爵位ではないけれど、階位で言えば、その下に騎士、それから上級魔族、一般魔族、名誉魔族と続くわね」


 名誉魔族は聞き覚えがある。前に父さんが言っていた、人間が得ることの出来る称号ってやつだ。


「ちなみに、雅は辺境伯。れいなは子爵家よ」


「そうなんですか……貴族って、やっぱり大きな領地を持っていて、家来が大勢いて……って感じなんですか?」


 つないだ手の、先輩の指先に力が込められた。


「人間界には、魔王の直轄地と各貴族が持つ所領がある。そこから得られるエネルギーが、私たちのエネルギーとなり、魔界を支えているの」


「人間界からのエネルギーですか?」


「……誤解して欲しくないから最初に言っておくけど……魔族は人間の心の動きをエネルギーにしているわ」


「心の……動き?」


「ええ。感動や喜び、それにあらゆる欲望、悪意や恐怖もね」


 俺の心の中にわずかな恐怖が生まれる。


 それを感じ取ったかのように、先輩が俺の手を強く握った。捨てられないように、まるですがり付くかのように。


「だからわざと人間に苦しみを与えたり、堕落させたりしてエネルギーを回収しようとする連中も多い。悪魔の悪いイメージはそこから来ているの」


「……そうだったんですか」


 それでゲルトは俺を家畜呼ばわりしたのか。


「でも分かって欲しいの。魔族の中には、そんな簡単に利益を上げようとする者たちだけじゃないって。芸術や平和を与えることで、純粋な喜びや、前向きなエネルギーを採取しようとしている魔族もいるわ」


 リゼル先輩の真摯な瞳が、俺を見上げている。


 そこには誠実さ、そして信じて欲しいという願いの光がある。


「ありがとうございます。変に取り繕われるよりも、ずっと信用出来ます。俺は、リゼル先輩を信じてます」


「ユート……」


 リゼル先輩の宝石のような美しい瞳がうるんで、より輝きを増した。


 見つめ合うのが恥ずかしくて、俺は前を向く。


「なんか……魔王を目指すのも、いいかなって気になってきました。人間が魔王とか、矛盾してるかも知れないですけど」


「私はユートは人間だからこそ、次期魔王に相応しいと思うわ」


「へ?」

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