第15話:ランチタイムの間接キス

 そんなわけで、昼休み開始のチャイムを聞いたところで、やっと解放された。


 ……そういえば、呼び出された理由をすっかり忘れていた。


 まあ話が支離滅裂だったおかげで、退学にも停学にもならずに済んだ。

 教室に戻ると、ちゃんと席も用意されていて、先生やみんなも、俺に悪口を言わなくなっていた。


 みんな、人の失敗を許せる、心の広い人たちなんだ。しかしまだ心の距離はあるようで、目を合わせてくれないし、話しかけようとしても避けられる。


 きっと、シャイなのに違いない。


 怯えているようにも見えるが、それは俺の気のせいだろう。


「ユート」


 リゼル先輩が教室の入り口に立っていた。

「一緒に昼食はどうかしら?」


 リゼル先輩と昼メシ!? 学園ものの定番イベント。一緒にお弁当というやつか!


「よろこんで!」


 俺はカバンから弁当箱を取り出すと、リゼル先輩の後に付いて行った。


 行った先は屋上でも中庭でもなく、学食だった。


 しかし魔王学園の学食は、俺の知っている学食とは違う。まるで高級レストラン。ランチだって、まるでコースメニューだ。


 そんな中で、弁当箱を広げる俺。


 場違いなことこの上ない。


 俺の向かいでは、優雅にナイフとフォークを操るリゼル先輩が、メインの松阪牛ステーキを召し上がっている。


 時たま、じっと俺の弁当を見つめるのが、心に痛い。きっと、なんて貧相でみすぼらしい食事なのだろう、と哀れんでいるに違いない。


「そういえば校長室に呼ばれたんですって? 大丈夫だった?」


「はあ……まあ、特に報告するような話はないんですが……」

 というか、赤裸々なオタトークなど報告できないし、したくもない。


「あの校長って、本当に現魔王なんですか?」

「ええ、そうよ」


 マジか……。マジだったのか……。


 てっきりそれも冗談だと思っていたのに。結構、気軽に話とかしちゃってたけど……本当に魔王だと聞くと、今になって大丈夫だったかな? と不安になる。


 しかし、今さら心配しても取り返しが付くものでもない。とにかく今は、先輩との昼メシを楽しもう。


 俺は切れ目の入ったタコさんソーセージを箸でつまみ上げた。

 そのソーセージを先輩の目が追う。


「どうかしましたか? 先輩」


「いえ……実物を見るのは初めてだったから」


 実物って、タコさんソーセージを?


「良かったら、一つ食べます?」


「いいのかしら? でも、交換しようにも私の方はステーキくらいしかないけど」

「いえ、むしろ大歓迎です」


 まさかソーセージと松阪牛のトレードが成立するとは思わなかった。


 俺が差し出した弁当箱から、タコさんソーセージを一つフォークに突き刺すと、嬉しそうに眺めた後で口に運ぶ。


「うふふ……何だか楽しい。それにとても美味しいわ。ユートのお母様は、料理がお上手なのね」


 満足そうに、にこにこ笑う表情が可愛い。普段は大人っぽいのに、こんなときは女の子っぽい可愛らしさを見せるなんてズルい。


 先輩の顔に見とれていると、大きめに切ったサーロインステーキをフォークに刺して、片手を下に添えて俺の前に持ってくる。


「はい、あーん」


 思わず周りを見回した。

 すると今まで俺たちを注目していた生徒たちが、一斉に目を背ける。


「ふふ。人の目なんて気にすることないわ。フランスの王族は、私生活の全てを人々に公開していたというじゃない」


「いや、俺普通の人だし」


「いずれ王様になるんだから」


「仮に魔王になったとしても、プライベートは大事にしたいです」


 なんてやり取りをしている間も、リゼル先輩は中途半端な姿勢で、両手を差し出している。疲れるだろうし、このままの姿勢を続けさせるわけにはいかない。俺は肉に向かって首を伸ばす。


 でも、これって間接キス……だよな?


 そんなことを考えると、余計に緊張する。思いきって口を開いて肉に食いつく。俺の唇からフォークが引き抜かれた。


 口の中に残った肉を咀嚼する。


「……うめえ」


 思わず、うっとり。


「ふふふ、よかった。もっと食べる?」


「いえいえ、さすがにこれ以上は罪悪感があります」

「そう? じゃ……」


 先輩は鉄板に残った一切れをフォークで刺し、食べようとして唇の少し前でぴたりと止める。


「――これって……」


 今さら間接キスに気付いたみたいだ。

 少し目を見開き、かすかに頬が染まっている。


 さすがに嫌だよな? でも、目の前で食べるのをやめると俺が傷付くと思って、迷っているのかも知れない。


「あの、無理しないで――」


 言い切る前に、先輩はうるんだ瞳を細めると、そのまま肉を口にした。


 気まずい。何か言わなければ。


「い、いやーこの肉、すごく美味しいですね! こんなの、初めて食べましたよ!」


「そ、そうね……最後の一口は、特別に……美味しかった、かも」


 そんなことを、もじもじしながら言われると、俺の胸もドキドキと音を立てる。


「ゆ、ユート? そろそろ行きましょ。学園を案内するわ」


「は、はい」


 二人とも、恥ずかしい空気が満ちたテーブルから逃げるように、立ち上がった。

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