第37話 女の子と水着を買いに行くのって恥ずかしい

 四人で連れだって目的地であるショッピングモールへやって来た。

 目指すは水着専門店である。


 リゼル先輩は真っ直ぐ前を向いて、目的地に向かって一直線。

 れいなは、お店や設備の一つ一つに「わー」と感嘆の声を上げ、小動物のようにきょろきょろと忙しない。


 そして雅は、通り過ぎる店にいちいちコメントする。

「あ、このパスタ屋おいしそうー」

「へえーパティシエ自慢のオリジナルスイーツ!」


 ただし食べ物率が高い。まあ、女の子らしいメニューだけど。

「おおーとんかつ屋。いいなあ、とんかつ……」

「え、こんなところにラーメン屋が!? ねえ、買い物の前に食べていかない?」


 訂正しよう。女の子っぽい店も、ガッツリ系も一緒くた。しまいには、リゼル先輩も足を止めて振り返った。


「あのね雅。よく考えてご覧なさい。これから私たちは何をしに行くの?」

「水着買いに」


「当然、試着をするわよね? 私はユートの意見を訊こうと思っているのだけど」

「――はっ!!」

 咄嗟に雅はお腹を押さえた。


「そ、そうか……考えつかなかった」

「食べ過ぎてぽっこりしたお腹を晒す勇気……私にはないけれど、雅がいいなら先に昼食にしてもいいわ。でも、お腹いっぱいは食べられないでしょうね」


「あ、後にする! アタシがまんするから!」

 リゼル先輩は満足そうにうなずくと、再び歩き始めた。


 ふと気付くと、他のお客さんが俺たちの方をちらちらと見ている。中には、ガン見している人もいた。


 一体何なんだ? と思ったが、よく考えてみると、学園でもリゼル先輩たちは注目を集めているではないか。

 理由は一緒だ。

 悪魔の貴族ということは知らないにせよ、その美しさに見蕩れているのだ。


 リゼル先輩も、雅も、れいなも、普通に町中で見たら誰だって二度見したくなる美少女たちだ。そう気付いてみれば、何の不思議もない。


 ただ、気後れはする。あんな美少女軍団に交じっている男は何者だ、とか思われてるんだろうな……。


 そんな気持ちを振り払い、俺は斜め前を歩くリゼル先輩に話しかけた。

「合宿の予定って、もう立ってるんですか?」

「大体はね。細かい調整はこれからよ。ユートの成長具合によっても、行き先が変わるわ」


「え、そうなんですか?」


「へーじゃあアタシ、ハワイがいいな! ワイハ!!」

 雅はキラキラした目で、俺に迫る。


「俺に言われても……どういう条件で行き先が決まるのか、全然知らないんだけど」


「は、はわはわ、はわい……れ、れいな……そんなお金ないです、です……」

 れいなは怯えたようにガタガタと震えていた。


「大丈夫よ。行き先がどこになろうと、旅費は私が持つから」

 リゼル先輩の言葉に、れいなはほっと溜め息を吐くが、すぐに困ったように眉を寄せた。


「でもでも、申し訳ないです」

「気にしないで、ユートもね」


「はい……何だかすみません」


 にしても、れいなも貴族のはずだが……経済的に裕福というわけではないのか? 少し気になるが、人の家の経済事情を訊くのも悪い。


「あ、ここね」

 目的の店に到着すると、リゼル先輩の後に付いて中へと入って行く。


「うわ……」

 店の中は、女性用の水着であふれかえっていた。

 白く清潔感のある内装に、色とりどりの水着が展示されていて、何となくキャンディー屋さんを連想させた。


 しかし女性用水着が並ぶ中を進むのはいたたまれない。


「えっと、じゃあ俺はメンズの方へ……」


 方向を変えようとした俺の腕を、リゼル先輩はすかさずつかんで、腕を組む。

 俺の腕が、表現のしようもない柔らかさに包まれた。

 リゼル先輩の私服に包まれた形の良いおっぱいが、俺の腕の形にふにゃっと歪んでいる。その眺めが妙にいやらしい。


「ダメよ。一緒に来て」

「いや、でも……男が女性の水着売り場にいるのって、何か犯罪を犯しているような気分に……」


「何を言っているの? 王様が家来の衣装を決めるのが、どうして犯罪になるの?」

「まだ王様になってないですけど……って、え? 決める?」

 と驚いていると、今度は反対側の腕を雅が抱え込む。


 リゼル先輩以上のボリューム感。圧倒的な圧力が俺の腕を押さえ付ける。胸の谷間に完全に腕が挟まれていた。


「ゴハンをガマンしてまで来たんだから、絶対にユートに選んでもらうからね! バシッとキメてよ!」

「いつの間にそんな重要な役目が!?」


 二人の胸の感触を左右の腕に感じながら、俺は強制連行される。

 そして天国のような、拷問のような、何とも言えないショッピングタイム。


 三つ並んだ試着室の前で待つ俺。

 他のお客さんや店員さんの視線が気になって仕方がない。


「ねー、ユート」

 試着室の一つの扉が開き、雅が手招きをした。


「ん? どうかし――っ!?」

 手首をつかまれると、あっという間に試着室に引き込まれた。

 そして扉を閉められる。


「お、おい――」

 何をするんだ、と訊こうとすると、雅は人差し指を唇に当てて、静かにしろという意志を伝えてきた。

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