第36話 みんなでお買い物!

 今日は日曜日である。


 悪魔のための学園である魔王学園も、人間と同じく今日は休み。よってリゼル先輩にも会えない――と思っていたのだが……。


「れいなから連絡があったわ。もうすぐ到着するそうよ」

 リゼル先輩はスマホをしまうと、コーヒーに口を付けた。


 ここは大通りから一本入った、閑静でお洒落な雰囲気のカフェである。

 近くにショッピングモールがあり、今日の目的はズバリ買い物だ。


 ――夏休みには海へ合宿へ行くから、水着を買いに行きましょう。


 というお達しが一昨日あった。

 先輩に誘われたら、一も二もなく承知するのが後輩の嗜みだ。


 おかげでこうして、目の前で先輩の私服が拝めている。

 モノトーンを基調とした、シックなコーディネイト。

 それでいて不思議と華やかさがあるのは、さすがリゼル先輩だ。


 その隣に座っているのは夕顔瀬雅。

「そっかー。やっぱ、れいなの部屋へ迎えに行けばよかったかなー」

 こちらはダメージジーンズのホットパンツに、胸の谷間とへそ出しの上着。

 水着を買いに行くのに、既に水着のような格好だ。


 そんな出で立ちで、雅は昼食前だというのに大きなパフェを迷わず頼み、生クリームとアイスとイチゴのタワーを笑顔で切り崩し中である。


「雅……私が口を出すことでもないけれど、そんなに食べて大丈夫なの?」

「へ? ああ、だいじょーぶっ! 甘いものは別腹だから、お昼もドカッと食べるよ!」


 リゼル先輩はあからさまに顔をしかめた。

「太るわよ?」


「うーん……確かに、ちょっと気にはなるけど」


「いい? 贅肉というのは信頼を失うのと一緒よ。贅肉を付けるのも、信頼を失うのも簡単。でも、一度ついた贅肉と不信感をそぎ落とすのは、とても大変なの」

 リゼル先輩が妙に熱く語っている。


「あーわかるー」


 雅はスプーンを置くと、自分のおっぱいを下から持ち上げた。

「アタシ、おっぱいとお尻から太るんだけど、ダイエットしても顔から痩せちゃって、なんかヤなんだよね」


 ガチャン! と大きな音を立て、リゼル先輩がコーヒーカップを叩き付けるように置いた。


「あ、あら……ごめんなさい。つい、強く置いてしまったわ」


 リゼル先輩は動揺を隠すように、髪をかき上げる。


 何だかイラついたオーラをリゼル先輩から感じるのだが、雅は特に何も感じていないのか、再びスプーンを取って、パフェと唇の間を往復させ始めた。


「センパイはどのあたりから太るの?」


 ギリッとリゼル先輩の奥歯が鳴った気がした。


「憎い……この二の腕と、ふくらはぎが憎い……」


 呪いの声が聞こえたような気もしたが、何も聞こえなかったことにした。


「ユート? 言っておくけど、私はダイエットなんてしていませんから。別に体形が気になったりしていないわ」


 ……せっかくスルーしたのに。


「そ、そうですよね。センパイは完璧なスタイルだと思います。モデルでもグラビアでも、何でもこなせそうですし」


「まあ……ふふふ♪」

 ご機嫌な笑顔で、珈琲に唇を付ける。


 こう言っては失礼だが……意外とチョロ――ではなく、素直な人だよな。先輩って。


「でもねーセンパイもポンコツなとこあるよー」


 って雅! せっかく穏やかな空気にしたのに、何ぶっ込もうとしていやがる!?


「聞き捨てならないわね。私のどこがポンコツ……問題があるというの?」


「だってセンパイ、恐いの苦手でしょ? お化け屋敷とか。前にホラー映画を観たとき、泣きそうになってたじゃん」


「――っ!!!!!?」


 ……嘘だろ?


 しかしリゼル先輩は顔を引きつらせて、固まった。


 ……マジで?


「それに暗いところ苦手だし。この前のお披露目も泣き出さないか、心配してたんだよ?」


「な、泣くわけないでしょ!? そ、それに言いがかりよ! 暗いところくらい、平気なんだからっ!」


「だって寝るときも真っ暗にしないで、小さな明かりつけてるって」


「そ、それは……よ、夜に目が覚めて、お手洗いに行くときとか、こ、困るからよ!」


 えーっと……俺の記憶が確かなら、先輩って悪魔だよね?

 暗いところとか、ホラーが恐いって、意味分からないんだけど……。


「ユート!!」

「は、はいっ!?」


「この駄肉の言うことなんか信じちゃダメよ! 頭が悪くなるから!」

「なにそれ!? ヒドくないっ!? もーこうなったら他のもバラしちゃう!! 聞いてよユート! センパイってさー」


「いやぁあああああああああああっ!! ウソよ! デタラメよ! フェイクニュースよ!! 絶対に信じちゃダメぇええええっ!」


 俺はどうすればいいんだ!?


 そこへ救いの天使が窓の外を駆け抜けた。


 れいな!!


 可愛らしいワンピースで、斜めに巨大な日本刀を背負って――って、え?

 入り口の扉を開け、れいなが飛びこんで来る。


「遅くなって、ごめんなさいですで――あうっ!?」

 背負った日本刀が入り口に思いっきり引っかかった。

 れいなの小さな体だけが、前に飛び出そうとして、手足が前に伸びる。

 そして後ろへ引っ張られるようにして、ひっくり返った。


 俺は席を立つと、れいなの元に駆け寄った。

「れ、れいな? 大丈夫か?」


「は、はい……」

 目を回しながら、れいなは立ち上がった。


 俺は、れいなの背中にそびえる、異様な存在感を放つ日本刀を見上げる。

「それ、家から背負ってきたのか?」


「ですですっ!」

 とてもいい笑顔といい返事。


「それは……大変だったな」

 というか、よく警官に職質されなかったな。


「いえいえ、大丈夫です……けど、玄関と改札でさっきみたいに引っかかっちゃいました」

 てへへと笑う笑顔は、幼さを残す女の子そのもので、イヤでも庇護欲が湧いてくる。まあ、めちゃくちゃ強いんだけど。


 とにかくリゼル先輩たちの席へ案内し、れいなは俺の隣にちょこんと座った。

 背負っていた物騒なモノは、壁に立てかけてある。

 シャレオツなカフェに不似合いなこと、この上ない。


「なあ、れいな。何でわざわざ背負って来たんだ? 隠しておけるんだろ?」


 前に教えてもらったことがあるのだが、どうやら悪魔はそれぞれ異空間を持っていて、そこに武器などをしまっておくことが出来るらしい。


 普段はれいなも手ぶらだが、その時はこの長い日本刀をその空間にしまっている、ということになる。


「でもでも、どうしても抜くのが遅くなってしまいます。今日はお出かけですので、慣れた学園とは勝手が違いますから……ユートさんに危険がせまったとき、対応が遅れたら大変なので!」


 気合いが入っているのか、胸の前で二つの拳を握りしめ、ふんすと鼻息も荒い。


「気持ちは買うけれど、少し目立ちすぎよ?」

 リゼル先輩はやんわりとたしなめるが、れいなは納得いかないような表情だ。


「……でも、れいなのせいで何かあったら……」


「ありがとう、れいな」

 俺はれいなの頭を撫でた。


「ふわわぁ!」


 れいなはバネが弾かれるように背筋を伸ばした。

 頭の横で結んだ髪までが、真上に逆立ったように見えた。


「ふにゃ……きもちい、ですですぅ」

 れいなの銀髪は髪質が柔らかく、撫でてる俺も気持ちいい。


「むむぅ……」

 雅が口をへの字にして唸っていた。何か言いたそうにしているが、何だろう?


 リゼル先輩も腕を組み、眉を震わせている。

「そ、そろそろ行きましょうか。それと、れいな。あなたの気持ちは分かったわ。でも、扱いには気を付けなさい? 今度どこかにぶつけたら、大人しく異空間にしまうこと。いいわね?」


「分かりました!!」

 とても良い返事だった。


 そして一分後。店から出るとき、


「あうっ!?」


 店に入ったときと同じように、出入り口に刀を引っかけた。

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