第45話 反逆開始!

 俺は渾身の力を込めて、立ち上がる。


「ぐっ……分かってきたぜ。お前の『世界改訂ワールド・リヴィジヨン』の力が……」


「人間如きが不遜なことを……このままひねり潰すぞ」

「やってみろよ」


 アスピーテの眉が上がる。


「何だと?」

「出来ないはずだ。もしそれだけの圧力をかけたら、お前自身が潰されるからな」


「貴様……」


「わざわざ座ったのも、増やした重力に耐えるためだ」


「俺の『世界改訂ワールド・リヴィジヨン』が重力操作の能力だとでも言うか? 人間」


「――違う」


 俺はアスピーテに真実を突き付ける。


「お前の『世界改訂ワールド・リヴィジヨン』は、世界のルール、原理原則を書き換える能力だ」


 アスピーテの表情に驚きが走る。それを見て、俺は確信した。


「一つの魔法がそれほど多くの能力を兼ね備えているとは考えづらい。となれば、お前が見せた力を実現可能な条件はそれしかない。炎が消滅する世界、打撃が相手に跳ね返る世界、爆発が起こらない世界、重力のない世界――」


「……貴様」

 アスピーテの目に怒りの色が満ちてゆく。だが俺は構わずに続ける。


「確かにお前はこの世界では無敵だ。魔王でもあり神でもある。但し……」


 俺は自分とアスピーテを取り囲む、立体魔法陣を見回した。

「この小さい世界の中でだけ、だがな」


「貴様ァアアアああアアアアああああああああアアアアあっ!!」

 突如、体にかかる重力が増えた。

 木のへし折れる音と共に、床が抜ける。


「うおっ!?」


 折れた木材と一緒になって、一階へ落ちる。

 まるで煙幕のように、煙が舞い上がった。


「ゆ……ユート!? 大丈夫なの!?」

 リゼル先輩の声がする――ということは、大広間へ落ちたのか。


「だ、大丈夫です!」

 くそ、アスピーテの野郎、無茶しやがって。自分だって巻き込まれるだろうに。


 俺は立ち上がると、アスピーテの姿を探した。


「!?」


「ユ、ユート……」


 いつの間にか、リゼル先輩の隣にアスピーテが立っていた。

 リゼル先輩の首を絞めるように、片手で首をつかんでいる。


「『世界改訂ワールド・リヴィジヨン』の力が分かったから、どうだと言うのだ! 貴様に勝ち目がないことに、変わりはない!」


 俺は思わず言葉に詰まる。


 それは事実だ。

 『世界改訂ワールド・リヴィジヨン』の力は一定の範囲にしか及ばない。

 しかし、その中では奴は無敵だ。

 あの小さい世界の中で、アスピーテは文字通り魔王であり、神なのだ。


 アスピーテはリゼル先輩をつかむ指先に力を込めた。

「リゼル! 貴様もだ! 素直に俺のカードになれ! そうすればあの人間は殺さずにおいてやる!」


 しかしリゼル先輩は、哀れみの瞳でアスピーテを見つめただけだ。


「この……俺を、そんな目で見るなぁああああっ!」


 アスピーテの腕に魔術式が浮かび上がり、リゼル先輩の体に電流が走る。


「きゃぁあああああああああっ!!」

 先輩の体が、がくがくと痙攣を繰り返す。


「リゼル! なぜお前は俺の言うことをきかない! 俺は今まで全てを手に入れてきた!! なのになぜお前は俺のものにならない!?」


「やめろ!! アスピーテっ!!」


 俺はリゼル先輩に向かって走った。

 しかし迎え撃つように、アスピーテは俺に向かって魔法陣を広げる。

「『獄魔炎ファイザード』!!」


 咄嗟に『魔障壁バリカーデ』を展開して炎を防ぐ。

 しかしそれでも、俺の体は吹き飛ばされた。


「くっ……くそっ!!」


 アスピーテの周りに、再び立体魔法陣――『世界改訂ワールド・リヴィジヨン』が出現する。


『警告、危険指数9。至急、撤退を推奨』

 危険指数が上がっている。


 だが、ここで負けるわけにはいかないんだ!!


「獄魔……う!?」

 突如目まいがして、体が傾いた。


『警告、魔力残量5%。速やかな撤退を推奨』


 まさか……こんなところで、魔力切れだと!?

『現在の条件における勝利確率……0%』


 くそっ! もう、俺にアスピーテを倒す方法はないのか!?


「く……アスピーテ! 魔王大戦で俺を倒すのなら、構わない! だが、リゼル先輩を誘拐して、無理矢理従わせるようなことはやめろ!!」


「俺に命令する気か、人間!! ライン家の次期当主として、俺は全てを手に入れてきた! 俺は世界一だ! 全てにおいて! 強い者が弱い者を搾取するのは当然だ!」


「違う! 弱い者にも命はある! 意思はある! 力がある者が弱者の全てを踏みにじっていいはずがない!」


 アスピーテのこめかみに血管が浮かび上がった。


「おのれ……たかが人間っ、しかも最弱の『恋人ラバーズ』如きが! 貴様など俺の踏み台にしかならん!! 俺は世界の支配者! 世界の全ては俺のために存在すべきなのだ! それが俺の使命! ライン家の次期当主であり、次期魔王を約束された者の矜持だ!!」


「……それがお前の世界か」


「俺の、ではない! 全ての者にとっての世界だ!!」


「人はそれぞれ別の世界を持っている! お前の世界を受け入れる奴もいるだろう。だが、全ての者がそうだとは限らない!!」


「踏み台如きに説教される覚えはない!」


 アスピーテは乱暴にリゼル先輩の腕をつかんだ。


「くぅぁああああああっ!!」

 先輩は冷や汗を流し、体をのけぞらせた。


「リゼル! 俺のモノになると言え!!」

「よせ! アスピーテ!!」


「今、貴様の痛覚は通常の数十倍だ。腕を折っても正気でいられるか、試してみるか?」


 リゼル先輩の唇から、絶叫がほとばしる。


「いやぁああああああああああああっ!!」


 リゼル先輩!!

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