第46話 未解決魔術式

「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 俺の中で何かが弾けた。


 相手が優勝候補の『世界ワールド』で俺が最弱の『恋人ラバーズ』でも、

 相手が悪魔の貴族で、俺がただの人間だろうと、


 そんなものは関係ない。


 アスピーテ、

 俺は、

 お前を!


 ぶっ飛ばさずにはいられねえ!!


 俺の中にあった残りわずかな魔力を燃やす。


 俺がどうなろうと構わない。

 たとえここで死んだとしても、リゼル先輩だけは守ってみせる!!


 ――胸の『恋人ラバーズ』のアルカナが輝きだした。


 俺の中で魔力が膨れあがってゆく。

 全身に魔力が満ちて、循環する。


 魔術機構が活性化し、頭の処理能力が飛躍的に跳ね上がる。


 ――何だ、これは?


 変だ。


 残った魔力は『獄魔炎ファイザード』すら撃てないほど、わずかだったはず。


 たった一滴の魔力が数百倍、数千倍に増殖したような、この感覚は!?


 アスピーテも、驚愕のまなざしで俺を見つめている。

「な……何だ、その力は……それが、最弱のアルカナの、力……だと?」


「ふ……ふふふ」

 ぐったりと顔を伏せたリゼル先輩が、笑みを漏らす。


 そんな先輩に、アスピーテは目を剥いた。

「何が可笑しい!?」


 リゼル先輩はボロボロになった姿で、艶然と微笑む。


「あれが『恋人ラバーズ』の真の力――『無限寵愛インフィニツト・ラバーズ』」


「なん……だと?」


「自分のためではなく、他人のために戦うときに生まれる固有魔法。大切な人を守ろうとする気持ちが、そのまま強さになる……私たち悪魔には使うことの出来ない、無限の力」


「な……」


「だから、『恋人ラバーズ』の魔王候補は、人間でなければならない」


 アスピーテは驚愕の目でリゼル先輩を見つめる。その額から、汗が噴き出した。


「まさか……まさか、きさまっ! わざと俺に――!?」


 リゼル先輩の青い瞳が、冷たく光る。

「あなた如き、私のご主人さまの踏み台がいいところよ」


 アスピーテは鬼のような顔を俺に向けた。

「こ、この……下郎どもが! 俺の『世界改訂ワールド・リヴィジヨン』を破る術式は存在しない! どんな魔法も無力だ! 貴様が死ぬことに変わりはないんだ!!」


世界改訂ワールド・リヴィジヨン』に囲まれたアスピーテがやって来る。


 あれは世界そのもの。

 原理原則を書き換えられた世界だ。


 あの中ではアスピーテは無敵。そして外から攻撃しても意味はない。


 あれを破壊するということは、いわば世界を破壊するのと同じ。


 奴の言うとおり、そんな方法はない――普通ならば。


 ――だが、俺は知っている。


 世界を破壊する術式を。


 かつて見た魔術式を構築。

 そして、不完全だった部分を修正。


 使ったことはないし、恐らく今まで使った者もいないだろう。

 完全なぶっつけ本番。


 だが、必ず成功させてみせる!


「いくぞ!!」


 俺の左腕に魔術式が走る。

 拳の先に、魔法陣が何重にも浮かび上がった。


 怪訝な表情でアスピーテが睨む。

「……何だ、それは」


「お前の独りよがりな世界に、風穴を開ける槍だ」


 魔法陣が立体となり、複雑な機構を作り上げた。あとはここに注ぎ込む魔力!


「俺の魔力を全投入だ! それで、どれくらいぶっ壊せる!?」

『推測、体積にして二メートル四方。達成率はおよそ10%』


 上等だ!


「いくぞアスピーテぇえええええええええええええ!!」


 普通に走る。


 魔力も処理能力も、左手の魔法一つで精一杯。他には何の魔法も使えない。

 しかし!


 アスピーテは待ち構えるように、両腕を広げた。


「俺の世界に飛びこんで来い! 入った瞬間、貴様は死ぬ! どんな死に方かはお楽しみにだがなあぁあああああああああっ!!」


 俺は左手を前に出し『世界改訂ワールド・リヴィジヨン』へ飛びこんだ。


「フハハハハハハハ! バカが――」


世界改訂ワールド・リヴィジヨン』の術式がはじけ飛ぶ。


 図形が、文字列が崩れて、飛び散る。


「な――」


 左手で『世界改訂ワールド・リヴィジヨン』を掘削する。

 俺の左手に展開した、世界崩壊の魔法が破壊するる。


 これは未解決魔術式の一つ。


 いつか授業で見た、世界を破壊するための魔術式――『世界崩落ワールド・フォール』。


 とはいえ、世界全てを破壊するなんて、夢のまた夢だ。

 莫大に膨れあがった俺の魔力でも、壊せるのは二メートル四方。


 だが、


 今はこれで十分だ。


 この『世界改訂ワールド・リヴィジヨン』という世界に穴を開けるには!


 左手がアスピーテの世界を崩壊させる。

 破壊出来るのはほんのわずか、


 しかし、アスピーテまで届けばいい!!


 そして――、


「アスピーテ! お前がどれだけ強力な魔法を持とうが、莫大な魔力を誇ろうが、それがお前の限界だ! お前は王になる資格はない!!」 


 俺は振りかぶった右腕を――、


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 渾身の力を込めて、アスピーテの顔面に叩き込んだ。


「ぐご!?……っ」


 衝撃がアスピーテの頭を揺らし、意識を刈り取る。

 白目を剥いたアスピーテと一緒に、俺も倒れる。


 その瞬間、

 アスピーテの意識と共に、『世界改訂ワールド・リヴィジヨン』の立体魔法陣も消えた。


「ユート!!」

 リゼル先輩が囚われていた鎖を外し、俺のもとへ駆け寄った。


「リゼル先輩……すみません。助けに来るのが遅くなって……」


 先輩は俺の体を抱き起こし、大きく柔らかい胸に抱きしめる。

 俺を覗き込む瞳に、涙が光っていた。


「ううん……私こそ、ごめんなさい。こんな危険な……つらい目に遭わせて」


 崩れかけた大広間の壁に穴が開き、二人の人影が飛び込んで来た。


「おおーい! こっちはサクッとやったんで、助太刀に来たよ!!」

「ですです!! って……あれ?」


 今や廃墟同然の大広間に、雅とれいなは驚きを隠せない。さらに、倒れているアスピーテを見て飛び上がった。


「おぉーっ! すっごいよ、ユート!! マジでアスピーテ倒しちゃったんだ!」

「ですです! で、でも、大丈夫ですか!? お怪我は? どこか痛いところはありませんですか!?」


 大丈夫だと言いたいが、意識が朦朧としてきた。なので俺は、どうしても気になることを、リゼル先輩に訊いた。


「……先輩、今回の評価は、何点ですか?」


 きょとんとした顔で、先輩は首を傾げた。

「……点数はあげられないわね」


 げっ!? やっぱ、先輩をあんな目に遭わせる前に助けられなかったから?

 薄れゆく意識の中で、まるで花が咲いたように美しく、可愛らしい笑顔が近付いてきた。


「最高すぎて、点なんて付けられないわ」


 リゼル先輩の、甘い唇が触れた。

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