第44話 『世界』VS『恋人』

「なにっ!?」


 確かに『獄魔炎ファイザード』はアスピーテを飲み込んだ。


 しかしアスピーテを中心とした半径三メートルに炎が届かない。

 まるで炎の中に球体が浮かんでいるようだ。


「そうか……あれが『世界改訂ワールド・リヴィジヨン』」


 アスピーテがキルガを粛清するときに、一瞬だけ見えた――あれだ。


「ほう。無知な人間でも、その程度の知識はあるか」


 アスピーテの瞳が輝くと、俺に見せつけるように固有魔法が姿を現した。

 それは魔術式で作られた球体。


 廃田の『禁止結界キープアウト』に似ているが、あれとは比べものにならないほど高度で大掛かりだ。


 ――しかし、『世界改訂ワールド・リヴィジヨン』がどんな能力なのかが分からない。


 俺の攻撃を防いだところを見ると、『魔障壁バリカーデ』のようなものなのか?


「教えてくれ『恋人ラバーズ』。あの結界は体当たりしても弾かれるのか?」


『推測、物理的な接触には無効と思われます』


 ――よし。ならば!


 俺は『魔導力マキシマイズ』『装甲鬼アルマード』『駿足鬼ストライド』を並列起動し、一気にアスピーテに仕掛けた。

 蹴った床が爆発したように弾け、次の瞬間にはアスピーテの目の前に飛びこんでいた。


 やはり物理的な攻撃は防げないのか!

 ならば!


「うおおおおおおおおおおおおっ!!」

 俺は超人的なレベルにまで格上げされたパンチを放った。


「――がっ!?」

 腕がへし折れるような衝撃が走る。


 そして俺の体は真っ直ぐに弾き返され、入り口の扉に叩き付けられた。


「ユート!!」

 リゼル先輩の叫び声に、辛うじて意識をつなぎ止める。


 ――何だ、今のは。


 まるで殴った威力が、そのまま跳ね返ってきたみたいだ。


「どうした? 勝手に殴りかかってきて、勝手に弾き飛ばされるとは。貴様は一体、何がしたいんだ?」


 見下すような笑みを浮かべ、アスピーテが歩いてくる。

 俺は立ち上がると、アルカナに話しかけた。


「おい! あれは物理攻撃には無効じゃなかったのか!?」

『解析……物理的な攻撃を無効にするものではありません』


 どういうことだ?


「おい人間。あれだけの啖呵を切っておいて、この程度で敗北を認めるのか?」


「そんなわけねえだろ。いくぜ!」


 物理攻撃がダメなら魔法攻撃。

 外から撃って効かないのであれば、あの結界の中へ飛びこんで、至近距離から放つ。

 本来、魔法は距離を取った方が有利だが、逆手にとって意表を突く!


 俺は警戒心を抱きながらも、『世界改訂ワールド・リヴィジヨン』の内側へ飛びこむ。

 やはり、特に障壁としての機能はない。


「『轟爆砕デトネーシヨン』っ!!」


 アスピーテの体に密着した位置で起こる大爆発――のはずが、


「……な」

「どうした? 人間」


 何も起きなかった。


 そんなバカな。魔力はまだ十分にある。体の中にはっきり魔術回路が刻まれるほど、反復練習をした。それなのに、なぜ!?


「離れろ。無礼だぞ」


 アスピーテは軽く足を上げ、俺の腹を押した。


「ぐはっ!?」

 凄まじい加速度が体にかかる。


 激しい衝撃を背中に感じ、気が遠くなった。

 いつの間にか、アスピーテが遠くにいる。


 違う。


 俺が蹴っ飛ばされたんだ。体が壁にめり込んでいる。


「く……くそ……」


 今のは、何だったんだ?

 『魔導力マキシマイズ』と『装甲鬼アルマード』?

 いや、感じた魔術式は、一つだけ。

 もし『魔導力マキシマイズ』だけなら、アスピーテの膝も壊れていていいはず。


 しかし奴は涼しい顔で立っている。


「そら、次は先程のお返しだ。いつまでもそんなところにいると、焼け死ぬぞ?」

 アスピーテの前に、『獄魔炎ファイザード』の魔法陣が展開する。


「早く逃げて! ユート!!」


 リゼル先輩の声に気が焦る。

 壁から抜け出そうとするが、体が痺れてうまく動かない。


『危険指数7。至急、防御または回避を推奨』


 畜生っ!!

 俺は自分の背中に魔法陣を展開。そして、


「『爆裂デトネイト』!!」


 壁が爆砕し、俺の体は後ろに倒れる。その鼻先数センチを、アスピーテの『獄魔炎ファイザード』が走り抜けた。


「うおわっ!?」


 壁の破片にまみれながら、廊下に転がる。だがノンビリなどしていられない。すぐに飛び起きると、俺は廊下を走る。


「ハハハハハハ! もう逃げ出すのか! 見ろリゼル! あれがお前が仰ごうとした魔王候補の姿だ!」


 畜生! 言いたいこといいやがって!

 思わず足を止めると、すかさずアルカナの声が響く。


『注意喚起、危険が近付いています。警戒を怠らないでください』

「分かってるよ!!」


 廊下に現れたアスピーテが再び魔法陣を展開している。


「確か次は『轟爆砕デトネーシヨン』だったな」


 廊下の向こうから、視界を埋め尽くす炎と衝撃波が生き物のように迫ってくる。

 さすが『世界ワールド』の魔王候補。

 俺の『轟爆砕デトネーシヨン』とは格が違う。


 俺は逃げ場を探し、咄嗟に横にある階段を上った。


「うわあああっ!?」


 吹き上げる衝撃波に、体が持ち上がる。

 階段の踊り場に叩き付けられ、思わず咳き込んだ。

 それでも何とか這うようにして二階へ上がった。


 一旦、どこかに隠れよう!

 俺は廊下を走り、適当な扉を開けて中に転がり込む。

 物置のような狭い部屋だ。

 遠くでアスピーテの声がする。


「どこに隠れた?」


「くそっ……マジで化物だな。勝てる見込みあるのか?」


『解析、現在の条件での勝利確率は0・0――』

「いいっ、聞きたくねえっ!」

 声をひそめて言うと、俺は身を固くした。


「ふむ……探すのも面倒だな」


 そう声が聞こえた次の瞬間、激しい破壊音が轟き、屋根が剥がされた。


「……な」

 屋根がめくれあがり、空高く舞い上がった。


「そこにいたか」


 夜空に、うっすら光る球体に包まれたアスピーテが浮いていた。

 まさに王が奴隷を睥睨するように、俺を見下していた。


「浮遊の魔法……」

『助言、あれは浮遊魔法ではありません』


 なに?

 でも浮いてるじゃないか。


 さっきからどうもおかしい。

 アルカナも間違えることがあるのか?

 だが、今はそれよりも、このピンチをどう乗り切るかだ。


「降伏しろ、人間。今なら、命だけは助けてやってもいい」


 アスピーテはゆっくりと床に降りると、崩れ落ちた柱の上に腰を下ろした。


「次期魔王の前にひざまずけ」


「がっ!?」

 体が急に重くなる。膝をつき、前に倒れた。


 な……何なんだ? こいつの能力は。


 これも『世界改訂ワールド・リヴィジヨン』の力なのか?

獄魔炎ファイザード』を消し、物理攻撃を跳ね返し、『轟爆砕デトネーシヨン』を無効にした。


 そして恐ろしい破壊力の物理攻撃を放っても壊れない体。


 屋根を空へ吹き飛ばし、自分も宙に浮いているのに、浮遊の魔法ではない。


 ――?


 こいつ……もしかすると――、

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