第43話 敵地への潜入

 転移した先は空き部屋らしく、人気もなければ家具もない、がらんとした部屋だった。広さは十畳ほど。


「く……」

 三人一緒に転移するのはさすがにキツい。思わずふらつき、俺はその場で膝をついた。


「だ、大丈夫ですか、ユートさん。どこか痛みますか? お水飲みます?」


 れいなは慌てた様子で、俺の体をさすったり、熱がないか額に手を当てたりしてくれる。相変わらずの過保護ぶりが、良い意味で緊張感を和らげてくれた。


「魔力を使い果たしただけだよ。申し訳ないけど、回復をお願い出来るか?」

「も、もちろんもちろん、です」


 とはいえ、れいなは中学生で幼児体型。無理なことを言ってしまったのでは? と、少し心配になった。


 れいなは正座をすると、俺の頭を引き寄せた。


「横に横に、なって下さいです」


「こっ……これは」


 ひざまくら!?

 そういう手もあるのか!


 れいなの足は細い。だが、子供ならではの柔らかさと頼りなさが、何とも言えない安らぎをもたらし、優しい魔力が俺の中に満ちてくる。


 しかも小さな手が俺の頭をそっと撫でてくれる。

 その手の平から、俺に対する気遣いと親愛が伝わってくる。

 いかん……安らかすぎて、こんな状況なのに寝てしまいそうだ。


「もう、ユートったらだらーっとしたカオしちゃって」


 雅が俺の横に膝をつき、俺の手を自分のおっぱいへ導いた。

 素肌がむき出しになった胸の谷間に俺の手が挟まれる。

 つるつるの素肌は俺の手に張り付くようで、異様に気持ちが良い。


「お、おい。雅……」


「んっ♡ 二人同時攻撃の方が、一気に回復するっしょ?」

「おい、今攻撃とか言わなかったか?」


「へへ、時間がないから……ぎゃるっと加速するよ」


 両手でおっぱいを左右から寄せる。そして俺の手が柔らかく圧迫される。

 ふわりとしているのに高圧力。

 何と表現して良いか分からないが、とにかく凄い。

 膝と胸に癒やされながら、俺はあっという間に魔力を回復した。



     ◇     ◇     ◇



 屋敷の中は暗く、人気がない。


 もう全員寝静まっているのだろうか?

 俺は足を忍ばせ、一番大きな広間へと向かった。

 ゲルトによれば、リゼル先輩はここに囚われている。


 音を立てないように扉を開けて、中を覗き込む。


「――っ!!」


 広間の奥に、両手を高く掲げたリゼル先輩がいた。

 天井から伸びる鎖で両腕を拘束されている。

 着ている服は、昨日の買い物のときと同じだが、ボロボロに破けて下着が覗いていた。


 ――くそっ!


 アスピーテへの怒りをこらえながら、俺は広間へ入った。

 雅とれいなも、周囲に気を配りながら付いて来る。


 広間の真ん中まで来たとき、リゼル先輩が顔を上げる。

 虚ろな瞳に一瞬で生気が戻った。


「ユート?」


 俺は我慢出来ず、走り出した。

「リゼル先輩!」


「来ちゃダメっ!!」

 切迫した叫びに足が止まる。


 俺の鼻先を何かが通り過ぎ、床に深い溝が刻まれた。


「!?」


 目に見えないギロチンが、上から降ってきたかのようだ。

 危うく、真っ二つにされるところだった。


「残念だったな。楽に死ねたものを」


 天井に穴が開き、そこから灰色の髪をした男がゆっくりと降りてくる。

「アスピーテ!」


「誰が俺の名を呼ぶことを許した?」

 唐突に重力が戻ったかのように、アスピーテは勢いよく床に着地した。


「逃げて! ユート!!」


 リゼル先輩に俺は笑顔で応える。

「心配しないで下さい! 一緒に帰りましょう」


 俺は一人じゃない。俺の右では雅が拳を構え、左には異空間にしまってある日本刀を抜くれいながいる。


「ふん。人間風情には過ぎたカードだな」

 アスピーテが指を鳴らすと、扉を開けて十人ほどの男女が入って来た。全員魔王学園の制服を着ている。


「こいつら、アスピーテのカードか……数が多いが、頼めるか?」


 俺の問いに、雅が明るい声で応える。

「あれくらい、超よゆーだよ。アタシらにどーんと任せて!」


「でもでも、ユートさんこそ一人で大丈夫ですか?」


 心配そうなれいなに、俺は力強く答える。

「ああ。リゼル先輩は、俺が必ず助け出す!」


 俺の返事と同時に、雅とれいなはアスピーテのカードたちへと向かって駆ける。


 油断をしたのか、『世界ワールド』のカードの一人が雅のパンチをもろに喰らい、上体がのけぞった。がら空きになった胴を、れいなの剣が斬り払う。


「ぐあぁ……っ!!」


 制服が破け、白目を剥いて昏倒した。制服に防御魔法が折り込まれているので、真

っ二つにこそならなかったが、骨くらいは折れたかも知れない。


「あんたたちの相手はアタシたちだよ!」

「か、刀の刀の錆にしてやるです!」


 雅とれいなが窓から飛び出し、庭へと降りる。

 するとすぐに、アスピーテのカードたちも後を追った。

 広間には、俺と先輩、そしてアスピーテだけが残った。


「この俺に一人で挑むとは……貴様は人間の中でも特別に愚かなようだな」

 呆れたようにつぶやくと、アスピーテは俺の方へ歩いて来る。


 強力な攻撃魔法で、一気に勝負に出るか?

 アスピーテはまるで無防備に見える。しかし――、


『警告、危険が近付いています。注意して下さい』


 アルカナの声が俺の耳に響く。

 危険だと? しかしアスピーテはまだ何も攻撃の準備をしていない。


 あいつの存在自体が、危険だということか?


 ……しかし、警戒しているだけじゃ勝てない。

 実力的には奴の方が上なんだ。

 とにかく、こちらから何か仕掛けて、突破口を開かないと。


 俺は右手を前に出し、魔法陣を展開した。

「『獄魔炎ファイザード』!!」


 地獄の如き炎がアスピーテを襲う。


 しかし――、

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