第42話 ぶっ殺してあげる

 日付が変わり、いよいよ俺たちは救出へ向かうことにした。


 アスピーテの屋敷は、学園から三キロほど離れた場所にあった。

 近くまでは夕顔瀬家の車で送ってもらい、今は歩いて目的地へ向かっている。


「もうそろそろだな……」


 ゲルトのメモに、屋敷の簡単な間取りと、普段使われていない部屋の場所が書いてあった。おかげで、恐らく潜入自体は問題がない。


「戦わずにリゼル先輩を救出するのがベストだが」


「ですです。でもアスピーテに見つかったら……」

「うーん、そうなったらサッと逃げるか、ゴリゴリ押し切るかじゃない?」


「ああ……しかし」


 ゲルトにああ言ったものの、相手は貴族。

 それも優勝候補とすら言われている『世界ワールド』のアルカナを持つ男。


 人間で、しかも駆け出しのこの俺が敵う相手じゃない。

 この三人で、果たして勝てるのだろうか……?


 そんな不安に押し潰されそうになりながら、明かりの少ない道を進んでゆく。やがて、アスピーテの屋敷の壁が見えてきた。


 その前で、腕を組んで立っている人影があった。


 ――まさか、待ち伏せ!?


 その影がゆっくり俺たちの方へ歩いてくる。

 街灯の下にやって来た姿は、


「お揃いで夜の散歩かしら?」


 ――星ガ丘ステラ!?


「ステラこそ……どうしてこんなところに?」


 すると『スター』の魔王候補ステラは、見透かしたように微笑む。


「アスピーテからリゼルを取り戻しに行くんでしょ?」

「っ!? どうしてそれを!?」


 やれやれとでも言いたげに、ステラは肩をすくめた。

「舐めてもらっちゃ困るわ。あたしだって魔王候補なのよ。そのくらいの情報は入ってくる。で、勝算はあるの?」


 答えに詰まった俺に、ステラは眉を寄せる。

「『世界ワールド』のアルカナは強いわよ。次期魔王の最有力候補とも呼ばれてるんだから」


 そんなに……なのか。


 俺の背中に、じっとりと冷や汗が浮かんだ。


「もう一度訊くわ。勝算はあるの?」


 正直なところ、そんなものはない。だが――、


「行かなきゃならないんだ」


 俺の答えに、ステラはふふんと笑みを漏らした。

「なるほどねー、悲壮な決意ってわけだ」


 踊るような足取りで俺の横にやって来ると、親しげに肩に手をかける。


「アスピーテなんだけど……」


 緑に輝く瞳が、妖しげに光った。



「――あたしが、ぶっ殺してあげましょうか?」



「えっ!?」


 アスピーテを? ステラが?


 つまり、俺たちに協力してくれるってことだ。


 雅とれいなを見ると、二人とも百万の味方を得たように、嬉しそうな顔をしている。

「そ、それって、ホントに!?」

「ですです!?」


 もう一度俺は、自信満々なステラの微笑みを見つめた。


 俺にはよく分からないが、ステラにはアスピーテに勝つ手段があるのだ。

 俺は以前、リゼル先輩がステラのことを「怪物」と呼んでいたことを思い出した。

 俺の声も自然と弾んでしまう。


「ありがとう! 助かったよ。ステラが力を貸してくれるなら、きっと助けられる」


 ステラはにっこり笑って、人差し指を立てた。

「但し、一つ条件があるの」


「何だ? 俺に出来ることなら――」

「リゼルは、あたしがもらうわ」


「――っ!?」


 リゼル先輩を……って、え?


「ちょ、ちょっと待ってくれ! どういうことなんだ、それ!」


「だからアスピーテを倒してあげる代わりに、リゼルはあたしのカードになってもらう、ということよ」


「そんなの! 俺はリゼル先輩を助けたいからで……っ!!」

「だから助けてあげる」


「いや、そういうことじゃなくて――」


「アスピーテの性格は知っているでしょ? 自分に逆らう者は許さない。それにだいぶリゼルに夢中だったからね。きっとリゼルも調教され、性奴隷のような扱いを受ける。それでもいいの?」


「……っ!?」


「あたしならリゼルを大切に扱う。それは約束するわ」


 ――どうすればいいんだ?


 確かにステラに頼むのが、リゼル先輩をアスピーテから救い出すには最善だ。

 でも、そうしたら……俺はリゼル先輩を失う。


 だがそこに固執して、リゼル先輩を救えなかったら……それどころか、雅とれいなまでアスピーテの手に落ちたら……!!


「ふふっ、分かったようね。それじゃ、握手で契約成立としましょうか」

 ステラは営業用スマイルを浮かべ、右手を差し出す。


「握手会のおまけ付きなんて、お得じゃない?」


 そうだ。何よりもリゼル先輩の身の安全が第一。

 俺は右手を前に出し――、


「……いや」


 空をつかむように、拳を握りしめる。


「申し出はありがたいけど……自分で何とかするよ」


「へーえ……」


 白けたように半眼に目を閉じるステラを、俺は真っ直ぐに見つめ返した。


「リゼル先輩は言ってくれたんだ。俺は魔王になれるって。そして自分の全てを、俺に賭けてくれた。ただの人間だったこの俺を、悪魔の貴族であり、自ら魔王候補にだってなれるようなリゼル先輩がだぞ? そんな先輩の救出を人に頼んで、代価として先輩自身を渡すなんて……そんなのリゼル先輩に対する裏切りだ! 俺には出来ない!!」


 溜め息を吐くと、ステラは腰に手を当てた。

「お手並み拝見するわ」


 俺はステラに背を向けると、雅とれいなに手を差し出した。


「すまないな。勝手に決めて」


「ううん。バシッと良かったよ!」

「ですです! ステラさんにお願いしてたら、リゼル先輩は怒ったと思います」


 俺は二人に笑顔で応えた。そして二人は俺の手を握り――、


 俺は計画通り、魔法陣を足下に展開させた。


空間転移トランザート』が起動し、次の瞬間――俺たちはアスピーテの屋敷の中へ転移した。

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