第41話 かつての敵は今日の友

「リゼル先輩は一体どこへ……」


 いつまで経っても戻って来ないリゼル先輩に異変を感じた俺は、雅とれいなを呼び戻し、ショッピングモールと辺り一帯を探した。

 姫神家でも配下の悪魔を使って捜索を開始したが、リゼル先輩の手がかりは何一つ見つからなかった。


 明け方近くに控えパレスで仮眠を取った俺たちは、一縷の望みをかけて月曜日の朝を迎えた。


「やっぱり……来てないね。リゼル先輩」

 雅が元気のない声でつぶやく。


 俺たちはリゼル先輩のクラスの前で待ち構えていたが、無常にも廊下から人気がなくなり、授業開始のチャイムが鳴った。


 もう探す当てがない。


「これから……どうしよっか?」

 雅とれいなが、すがるような目で俺を見上げた。


 だが、俺も同じ問いを自問自答している。そして答えはない。


「せ、先輩、先輩のことが……し、心配です……です」

 瞳に涙を浮かべるれいなを慰めるように、小さな頭に手を置いて優しく撫でる。


「大丈夫さ。リゼル先輩のことだ。きっと、ひょっこり戻ってくるよ」

「――そうはいかねーと思うぜ」


 誰もいない廊下を、一人の男子生徒が歩いてくる。


「ゲルト……」


 まだ包帯や絆創膏の取れていないゲルトが、俺たちの前にやって来た。


「このままじゃ、姫神リゼルは戻ってこねえ」

 思わず俺はゲルトの胸ぐらをつかみ、壁に叩き付けた。


「どういうことだ!?」


 ゲルトは苦しげな表情を浮かべ、かすれた声で答えた。

「ア、アスピーテだ……姫神リゼルを、攫った」


「……っ!?」


 俺はゲルトを放した。

「アスピーテ……あいつが」


 ゲルトは咳き込む首を手でさする。

「げほっ……ったく……いいか、よく聞け。アスピーテは姫神リゼルを自分のカードに加えるつもりだ。お前を殺してな」


「狙いは俺、ってわけか……」

「ああ。今お前たちを罠にかける準備をしている」


 ――なに?


 訝しそうな顔をする俺たちにかまわず、ゲルトは話を続けた。


「明日、招待状が届くはずだ。学園の競技場へお前らを呼び出し、姫神リゼルの目の前でお前を殺すって趣向だ。そして姫神リゼルの心を折り、屈服させる」


「……そんなことをバラしていいのか?」


 ゲルトは自嘲的な笑みを浮かべた。


「バラしついでにな、これがアスピーテの隠れ家の場所だ」

 そう言って内ポケットからメモを取り出し、俺に差し出した。


「姫神リゼルは、ここに監禁されている」


「……いいのか? ゲルト。こんなことをしたら、お前――」


「しゃーねーだろ。だってよ……その」


 言いづらそうに、少し照れたような顔で横を向いた。


「ダチ……なんだろ? 俺たちはよ」


「ゲルト……お前」


 雅が驚きの声を上げた。

「デ、デレた!?」


 れいなも目をキラキラさせて俺とゲルトを交互に見つめる。

「すごいです、すごいです! これが男の友情ってものですか!?」


 ゲルトは顔を真っ赤にして怒鳴った。

「う、うるせえぞ! ああ、もう! さっさと受け取りやがれ!」


 俺に押し付けるようにメモを突き出す。俺はそのメモを受け取り、

「恩に着るぜ。ゲルト」


「そんなことより、忍び込む方法を考えるんだな。手薄になるのは夜中から明け方にかけてだ。気いつけろよ」


 意外と細やかな気遣いをしてくれるのが、何となく可笑しかった。


「ニヤけてる場合かよ。いいか? アスピーテはバケモンだぞ」


「……化物か」


「ああ。魔力もハンパねえし、魔術式の精度もムチャクチャ高え。それだけでもバケモンなのに、あの固有魔法……『世界改訂ワールド・リヴィジヨン』はヤベえ」


 ――『世界改訂ワールド・リヴィジヨン』?


「それは、一体どんな魔法なんだ?」


「一種の結界魔法……らしい」


「……はっきりしないな。結界というと、廃田の『禁止結界キープアウト』みたいなもんか?」


「あんなもんじゃねえ! と言っても、俺もアスピーテが何をしているのか、よく分からねえ……ただ、その結界の中ではアスピーテは無敵だ。ありゃ魔王、或いは神だ」


 魔王にして、神だって?


「……俺が出来るのはここまでだ。まあ、健闘を祈ってるぜ。でなきゃ……お前の次に殺されるのは俺だろうからな」


 そう言い残し去ってゆくゲルトの背中に、


「ああ。リゼル先輩は必ず助ける。そして、お前も殺させやしない」


 そう言葉を投げかけると、ゲルトは背中を向けたまま、親指を立てた拳を上げた。

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