第3話:初対決!!

 こいつ……俺の父さんと母さんを!


「何の価値もねえ無能なオヤジとクソとガキを生むしかできねーババアだろ? てめえの親なんかよ」


「……」


 俺は唇を噛みしめ、昇降口へ向かおうとした。しかし、


「どこへ行く気だ!? クソブタぁあ!!」

 呼び止められた瞬間、俺の中で何かがキレた。


「……何だ、言葉を喋っていたのか。ブーブー鳴いているから分からなかった。出来れば、人間の言葉で話をしてくれないか?」


「……な」


 まさか口答えされると思っていなかったのか、ゲルトは口を開けたまま固まっている。俺はさらに畳みかけた。


「お前がどれだけ強いのか知らないけどな、力が強いからって偉いわけでもなければ、他人から尊敬されるわけでもないんだ。よく覚えておけ」


「て、てめ……」


「人間が大事にするのは、心だ。心正しく生きる、そういう人を尊敬する。今のお前は尊敬には値しない。むしろ軽蔑する」


 遠巻きにして見ていた生徒たちが、ざわざわと騒ぎ出した。


「おい、あの人間……子爵家のゲルトに楯突いてるぞ」


「命知らずな。ゲルトって、この前も同じクラスの奴を血祭りに上げてたよな?」


「それにアスピーテ様のカードに選ばれてるんだろ? あの転校生、どう見てもただの人間じゃないか……殺されるぞ」


 ……ちょっとヤバかったか?


 でも、俺のことはともかく、父さんや母さんを侮辱したのはどうしても許せなかった――が、ここは早いところ退散した方が良さそうだ。


 昇降口へ向かおうと足を踏み出したとき、


「……いいだろう……ここで殺してやるぜ!!」


 ゲルトのこめかみに血管が浮いた。

 ヤバい。奴も完全にブチ切れてるみたいだ。


「てめーを殺せば、アスピーテ様も俺を宮廷コートカードにしてくれるかも知れねーしなぁあ!!」


 コートカード? いや、それより「殺す」とか物騒なことを言ってるし!?

 これ以上騒ぎを大きくするのはヤバイ。少しなだめておくとしよう。


「まあ、ちょっと落ち着けって。校内でケンカは良くないぞ?」


 そんな俺の言葉は、まったく耳に入っていないようだ。

 いきなりナイフで刺されたらどうしよう?


 そんな俺の心配をよそに、ゲルトは何も持たない両手を、俺に向かって開いた。


「『世界ワールド』のアルカナを持つアスピーテ様のカードであるこの俺に……刃向かったことを後悔しながら死にやがれ!!」


 ってことは、さっきの男も魔王候補――なんてことは、今はどうでもいい!!


 ゲルトの広げた両手に炎が溜まってゆく。その炎はボール状になり、激しく回転している。この前、父さんが見せてくれたものとは比較にならない、恐ろしい炎の魔法だった。


「いくぜ! 『豪炎ファイガ』!!」


 ゲルトが両腕を突き出すと、炎の塊が飛んでくる。避けないと――、


「!?」


 気付くと、もう目の前に炎の球が迫っていた。


 速い。


 避けられるスピードじゃない。


 あまりにも突然で、叫び声すら上げられない。


 何だよこれ。


 魔王学園に登校一日目どころか、校舎に入る前に終わりだなんて。


 喜んでくれた父さん、母さんに申し訳ない。


 まさか、こんなことで俺の人生が終わってしまうなんて――、


 覚悟を決めた瞬間、


 目の前で炎が弾け飛んだ。


「なっ!?」


 俺の前方で、炎が見えない壁によって防がれていた。いや、壁というよりは、光り輝く魔法陣。


 その魔法陣を展開している女性の後ろ姿が、俺の目の前に立ちふさがっていた。


 腰まである、長く美しい黒い髪。制服のスカートの裾からは、黒いストッキングに包まれた、すらりとした足が伸びている。


 後ろ姿を見ただけで、間違いなく美人だと確信した。

 肩越しに振り向いた横顔は、その確信が間違っていなかったことを証明する。


 絵に描いたような美少女だった。


 大人びた表情は、きっと俺より年上。長い睫毛に曇りのない青い瞳。輝くように美しい肌。ピンク色に光る唇が開き、真っ白な歯がちらりと覗く。


「大丈夫だった?」


 涼やかで凜とした声。死ぬかも知れない、という場面にもかかわらず、落ち着き払った態度。そして何よりその美しさ。まるで女神か天使が降臨したかのようだ。


 いや、ここは魔王学園なのだから、魔女か小悪魔か――或いはサキュバスか。


 実際、見つめられるだけで、背筋がぞくっと震えた。


 炎が消え、ゲルトが怒りを込めた叫び声を上げる。


「てめぇ……姫神リゼル。なにジャマしやがんだよ! コラァ!!」


 ――姫神ひめかみリゼル


 それがこの、とんでもない美人の名前……なのか。

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