第23話 リゼル先輩のプライベートレッスン

 今日は雅も一緒に、リゼル先輩の車で送ってもらった。


 教室に入ると、俺に対するみんなの反応は相変わらず。何だか腫れ物に触るような感じ、といったところか。


 まあ、今は仕方ない。そのうち、仲良くなるタイミングもあるだろう。

 それよりも、今はやることがある。


 次期魔王を決める魔王大戦。その準備をすることだ。


 今日から放課後に特訓をすることになっている。講師は、リゼル先輩と雅が順番に務めるということだ。


 特訓という言葉にビビリながら、放課後を迎えた。


 ――そして、


「それじゃ、もう一度やってみましょう」

 今日の講師はリゼル先輩。体育館での魔法指導だった。


「はい!」

 もう何度も使った魔術式を起動し、魔力を送り込む。


 手の平の先に展開した魔法陣は、今までで一番大きく、光り輝いている。


「『豪炎ファイガ』!!」


 吹き出した炎は、魔法陣の出来に比例して威力を増していた。その炎の渦が、牛の頭をした悪魔に命中し、一気に蒸発させる。


 本物の悪魔ではなく、練習用のダミーである。体育館の床も、焦げ跡は残らない。


 それは体育館の床や壁、天井などに魔術防御が施されているからである。生徒たちは、体育館で戦闘訓練をすることも多い。よって対策が施されている。


「それにしても驚きね……初歩的な『豪炎ファイガ』でそこまでの威力を出せるなんて」


 呆れ顔のリゼル先輩に、俺は首を傾げる。


「そうなんですか……?」


「同じ炎の魔法でも上位魔法の『獄魔炎ファイザード』と同じか、それ以上よ」


獄魔炎ファイザード』というと、キルガが使っていた魔法だ。


「それって……修行を続けると、魔法の威力がどんどん上がるってことですか?」


「ええ。でも限界があるわ。普通は上位の魔法の威力を超えることはない。ユートは規格外ということになるわね」


 規格外……と言われると、ちょっと恥ずかしい。人間なんだし、何かしらのイレギュラーが起きているだけなのかも知れないし。


「きっとリゼル先輩の教え方がいいんですね」


「そ、そんなことないわ。ユートの才能よ」


 と口では言うものの、リゼル先輩は見るからにご機嫌のご様子。にっこり微笑むと、俺に向かって両手を開いた。


「さあ、いらっしゃい。まだまだ特訓は続くんだから、魔力を回復しないと」


 さっき回復してもらったばかりの気もするが……まあ、せっかくそう言ってくれてるのだから、ここは素直に従っておこう。その方が先輩の機嫌も良い。


「それじゃ、失礼します……」


 近付く俺を先輩は迷わず抱きしめ、『愛魔献上ヒーリング・ラバーズ』を開始する。


 リゼル先輩からは、花か果物のような甘い香りがする。そして密着する体は、とても柔らかく、しなやか。こんなに気持ちの良い感触があったことに驚く。


 そして背中に回された腕から、肩にうずめられた顔から、押し付けられて形を歪めるおっぱいから、引き締まったお腹から、俺の体に密着した部分全てから先輩の魔力が流れ込んでくる。


 中でも一番流入量が多いのが、おっぱいだ。


 口で吸っているわけではないが、何だか先輩から母乳を吸っているような、なんて妙なことが頭を過ってしまう。


 先輩は俺を抱きしめたまま、耳元で囁いた。


「魔術式はアルカナが教えてくれるかも知れない。けれど、それを繰り返し訓練をすることが大事なの。魔法を使うということは、体の中に魔術機構を作り上げることよ。そこに魔力を流すことで初めて機能する。何度も使うことで、その機構が体に定着し、魔法の起動も速く、威力も大きくなるわ」


「なるほど……魔法も反復練習が大切なんですね」


「ええ。でも、普通は魔力を消費するから、一日にそう何度も魔法は使えない。だから上達には時間がかかるの。ユート以外は」


「あ……」


 そうか。俺は先輩たちに魔力を回復してもらうことが出来る。


「俺は他の人よりも、一日にこなせる練習量が多い。つまり、成長が早い……」


 リゼル先輩は体を離した。


「そういうこと。それじゃ、練習再開よ。次はいよいよ中級魔法ね」


 中級魔法――つまり『豪炎ファイガ』に慣れたので、次は『獄魔炎ファイザード』というわけだ。


「難易度が上がっているから、最初は成功しないと思うわ。でも、やってみて」

「はい」


 俺はアルカナに触れて、願う。


 ――『獄魔炎ファイザード』の魔法を教えてくれ。


 わずかな間があって、アルカナの声が響く。

『「獄魔炎ファイザード」の魔法を覚えました』


「……よし」


 俺は十メートルほど離れた所に現れた、ダミーの悪魔に向かって指先を伸ばす。


 確かに『豪炎ファイガ』よりは複雑で高度だ。しかし、扱えないほどじゃない。それに体中にリゼル先輩の魔力がみなぎっている。


「『獄魔炎ファイザード』!!」


 光に満ちた魔法陣から、灼熱の炎が打ち出された。


 それは『豪炎ファイガ』とは明らかに格が違う、巨大な炎の奔流だった。目が開けていられないほどのまぶしい炎は、まるで光線の如くダミー悪魔を飲み込んだ。


 燃えるでも焼けるでもなく、ダミーが消滅する。


 炎が消えると、防御結界が張ってあるはずの床までが微かに燃えていた。


「こんな感じで、どうでしょうか? 先輩」


 振り向くと、リゼル先輩は無表情で煙を上げる床を見つめている。

 あれ……何かまずいところがあったのか?


 先輩の沈黙が俺の不安を煽る。

 やがてリゼル先輩が独り言のようにつぶやいた。


「まさか初回から成功するなんて……それに、何? この威力は……」


「あ、あの先輩? もしかして威力が弱かったですか? 悪かったところは直します! 何でも言って下さい!」


 先輩は、はっと気付いたように俺を見ると、

「いいえ。威力は申し分ないわ、というか……こんな『獄魔炎ファイザード』初めて見たわ」


「え? じゃあ、合格ですか?」


 リゼル先輩は優しい顔で微笑む。

「満点よ」

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