第31話 お披露目の夜

 一週間後、ついにお披露目の夜がやって来た。


 場所は魔王学園の体育館。

 俺はめちゃくちゃ緊張して、入り口の扉の前に立っていた。


「だいじょーぶ? ガッチガチみたいだけど」

 緊張をほぐすように、雅が後ろから肩を揉んでくれる。


「さんきゅ……正直、緊張してるけどな」


「が、がん、がんばって……く、下さい、で、ですですっ!」

 れいなも健気に応援してくれる。でも何だか、俺よりも緊張してるみたいだが。


「それじゃみんな、行くわよ」

 リゼル先輩が扉を開き、俺に入るように促す。

 激しく脈打つ心臓を抑えながら、俺は体育館へと足を踏み入れた。


 ……暗いな。


 明かりの消された夜の体育館は真っ暗だった。

 その中に青緑色の光がまっすぐに伸びている。それが俺が歩く道筋らしい。

 俺は覚悟を決め、歩き出す。


 ――確かに、いる。


 暗い体育館の中に、微かな明かりが灯っている。

 それは、床に浮かび上がった紋章。

 それぞれのアルカナ固有の紋章がほのかに光り、その上に立つ人影をうっすらと照らし出している。


 顔までは分からないが、その姿が他の魔王候補であることは確かだ。


 魔王のアルカナは全部で二十二枚。しかし、ここに集まっているのは、その半分以下。


 他の魔王候補はどうしたのかは分からない。俺のような人間なんか、見に来る価値もない、ということなのかも知れないが。


 光の線の上を歩いて行くと、紋章だけが光り輝く場所があった。

 あれが、『恋人ラバーズ』の紋章。


 その上まで行くと、俺は足を止めた。大体、体育館の真ん中あたりだろうか。

 俺の後ろには、リゼル先輩、雅、れいなが並ぶ。


「ユート。口上を」


 リゼル先輩に促され、俺は声が震えないように気合いを入れて、腹から声を出した。


「俺は盛岡雄斗! 『恋人ラバーズ』のアルカナに導かれ、魔王候補となりし者なり。この身が滅びて悔いはなく、心折れて悲哀なし。我が望みは魔王大戦に挑み、王座を得ることなり。恐れなくば、我が参戦を認めたまえ」


 静寂。そして――、


「気のせいかしら? 身分の紹介がなかったんだけど?」

 どこからともなく、綺麗な声が響いた。


 やっぱり、そこをツッコまれるか……。


「身分はない。敢えて言うなら、人間だ」


 また静寂。しかし今度は、どこか空気が波打つような気配を感じる。


 人間の魔王候補は認めない、って言われたらどうしよう?

 そう思った時、リゼル先輩の心地好い声が聞こえた。


「我が主、ユートは紛れもなく『恋人ラバーズ』のアルカナに選ばれ、魔王大戦への参加資格を有しています。その選択に異を唱えるのは、魔王のアルカナ、ひいては魔王大戦そのものを疑うといこと」


「――へえ。姫神リゼルともあろう者が、随分とその人間を高く買っているのね」

 紋章の一つが輝きを増し、綺麗な声の主を浮かび上がらせた。


 それは恐らく俺と同学年の少女。


 プラチナブロンドに近い薄茶色のロングヘア。暗闇で光る勝ち気そうな緑の瞳。その立ち姿からは、自信が滲み出ている。


 周りで星が輝いているかのような、美しく、華のある美少女だった。


 最近はリゼル先輩をはじめ、美少女と触れ合うことが多いのでだいぶ耐性が出来ているが、この子はオーラが違う。人を惹き付ける、不思議な魅力にあふれていた。

 ……でも、どこかで見たことがあるような?


「リゼル先輩、あの人は……?」


 先輩の横顔に緊張が走る。それだけで、あの少女が只者ではないと分かる。

「『スター』のアルカナを持つ魔王候補……本物の怪物よ」


 ぞくりと俺の背筋に寒気が走った。


「あら、怪物だなんてステキな褒め言葉ね」

 そう言ってその少女は、長い髪を梳くように払い、挨拶をした。


「あたしはほしおかステラ。『スター』のアルカナを持つ魔王候補よ。以後よろしく。『恋人ラバーズ』の魔王候補さん」


 透き通るような白い肌。人間離れした美しさ、そして色素の薄そうな容姿には見覚えがある。


「星ガ丘……ステラ? って、まさか!?」

「あら? やっぱり知ってる?」

 ぱちりとウインクをしてみせた、その顔は間違いがない。


「知ってるも何も、アイドルの星ガ丘ステラ!? え? 何で、こんなところにっ!?」


 今一番の売れっ子アイドルだ。

 テレビでもネットでも、彼女の出演する番組やCMを見ない日はない。

 唄を歌えばオリコン一位。映画に出れば興行収入ナンバーワン。文句なく、国民的アイドルの一人だ。そんな彼女が、何で魔王学園に!?


 慌てる俺を見て、星ガ丘ステラは笑い出した。

「あははははは、いいリアクションありがと。キミいいね、ちょっと気に入っちゃったわ」


 笑いすぎて涙が出たのか、星ガ丘ステラは指先で目じりを拭きながら答える。


「なぜあたしがここにいるかっていうとね……そんなの、あたしが魔王候補だからに決まってるでしょ?」


 それは当然の答えだった。けど、それが何よりも驚きだ。


「まさか……星ガ丘ステラが魔族だったなんて」

「あ、でもこれオフレコだからね? SNSとかでつぶやいたら……」


 ふっと微笑むアイドルスマイル。しかしその瞳に、死の星が輝いた。


「殺しちゃうからね♪」

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