第30話 不可能を可能に

 ――先輩、雅。


 なけなしの魔力を、俺に……。


「く……っ!!」


 俺は奥歯を噛みしめ、覚えたばかりの魔術式に二人の魔力を流し込む。


 雅が言っていた通り、複雑で広大な魔術式だった。

 この世の摂理を違える魔法だけのことはある。


 だが――出来る!


 俺には、みんながついているから!!


 術式の隅々に魔力が行き渡った瞬間――、

「うあっ!?」


 俺は庭先に立っていた。


「……く」

 魔力を使いすぎて、目まいがする。


「まだだ! ここで倒れたら、全てが手遅れになる!」


 威力は小さくていい。燃やすのではなく、爆破する魔法を!


『「爆裂デトネイト」を覚えました』


 俺は残った魔力をかき集め、魔術式を作り上げる。

 玄関に向かって、手を広げた。


「『爆裂デトネイト』!!」


 玄関に魔法陣が輝き、次の瞬間、光が弾けた。

 爆音が轟き、玄関が吹き飛ぶ。


「やった!!」


 これで廃田の術式を破ったはず……っ!


「先輩!! 雅!!」


 俺の呼びかけと同時に、二階の屋根が吹き飛んだ。

 そして夜空に、二つの影が舞う。


 廃田、そしてもう一つは肉感的なシルエット。


「俺に逆らうんじゃねぇ! 雅ぃ!!」

「あんたなんか、名前を呼ばれるだけで寒いわよっ!!」


 拳が交錯し、火花が散った。


 二人の影は弾かれるように離れ、別々の家の屋根に着地する。


「次こそ俺のモノにしてやっからな! 体を磨いて待っていやがれ! クソビッチ!!」


「な……」


 雅が怒りを爆発させる前に、廃田の体が消えた。


「ユート!」


 煙が舞う玄関から、リゼル先輩が飛び出して来た。


「先輩! 良かった、無事だったんですね」


「ええ、ユートも……ありがとう。助かったわ」


「そんな……お礼を言うのはこっち――」


「あーもう! ごめん! 逃がしちゃった」

 雅が庭に降りてきた。


「何にせよ、二人とも無事で良かったよ……」

 ぐらりと、視界が傾く。


 魔力の使いすぎだ。

 地面に倒れる衝撃に心の準備をしたが、代わりに柔らかい感触が俺を受け止める。


「先輩……雅」


 二人が、左右から俺の体を支えてくれていた。


「よくやったわね。偉いわ、ユート……文句なく満点よ」


「ホントだよ! まさか『空間転移トランザート』まで使えちゃうなんて!」


「はは……二人のおかげだって。でも……まさか家が襲撃されるなんて」


 リゼル先輩は険しいまなざしで、玄関を爆破された俺の家を見つめた。


「お披露目が近いから、その前に手を打とうとしたのね……」


「お披露目、ですか?」


「ええ。ユートが正式に魔王候補になったことを、他の候補たちに認めさせるの」

「そんなのが……あるんですか?」


「校長の指示よ。人間が魔王大戦に参加するのは初めてだから、後から文句を言われないように、最初に他の参加者の承認を得た方が良い、という判断らしいわ」


 とすると、他の候補者の前に出て、注目を浴びたりするのか?

 二十一人もの、化物たちの前で?


「なんか、緊張しますね……あ」


 足に力が入らなくて、膝をついた。


「詳しいことは後で話すわ。今はユートを癒やすのが先よ」


 リゼル先輩が体を密着させると、雅も同じように体を押し付けてきた。


 膝をついたので、ちょうど二人のおっぱいに顔を挟まれる格好になる。

 四つのおっぱいからは、甘くとろけそうな香りがした。


 何という至福。


 何という気持ちよさ。


 身も心も癒やされる。


 しかも、先輩に頭をよしよしと撫でられる。


 控えめに言って最高だ。


 顔の左右から、マシュマロのような柔らかい物体が、意外なほどの重量感と圧力をもってむにむにと押し付けられる。


「センパイ。そんなにおっぱい押し付けないでよ。アタシの面積が小さくなるし」


「雅、あなたこそ少し控えめにして。同じように押し付けると、あなたの方が広くなるんだから」


 ……なんか言い争いを始めたぞ?


 俺の顔を土俵にしたおっぱい相撲は、近所の人が通報した消防車が駆けつけるまで続いたのだった。

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