第25話 三種魔術の並列処理

 突然大きな声を上げると、雅は俺の上から転げ落ち、ゴロゴロ転がって俺から離れた後に、ばっと立ち上がった。


「ゆ、ゆ、ユートのへんたいっ!!」

「はぁっ!?」


「あ、あ、あ、あんなに、もっみっもっみ、することないじゃない! もう、イ……き、き、気がおかしくなるかと思ったじゃん!」


「いや……でも、より効率的な魔力回復の手段を探していたんだろ? 触れと言ったのは雅じゃないか」


「限度があるよ! あんな……ひ、人に触られると、あんなに……い、いいとか、知らなかったし!」


 もうちょっと、手加減すればよかったのか……?


 俺は思わず自分の両手を見つめ、感触を思い出すように指を動かした。

 それを見つめる雅の顔が、真っ赤に染まった。


「お、思い出すなぁああああああっ!! それより十回ワンセットを三セット!! は、早くするしっ!」

 汗を飛ばしながら、雅はトレーニングマシンを指さした。


 やはり雅はスパルタだった。


 それらをこなして、ぐったりしてると、


「……今度は、ユートは立ってるだけでいいからね。アタシが触るのはいいけど、ユートはダメだよ?」


 少し照れたように言うと、またもや雅がえっちな体を押し付けてきた。


 スポブラとスパッツに包まれた体を、惜しげも無くすり寄せ、削り取られた俺の魔力と体力を回復させる。


 自分から触らなくても、二人っきりのトレーニングルームで抱きしめられていると、真面目に修行をしているつもりなのに、どうしても妙な気分になってくる。


 何か別のことでも話して、意識をそらさないと、色々大変なことになりそうだ。


「えっと……雅? 別に不満があるわけじゃないが……地道な筋トレって、やっぱり魔王大戦でも役に立つものなのか?」


「うーん、直接は関係ないんだけどね」


「ないのかよ!?」


「えへへ、でもアタシとベタベタ出来て、嬉しいでしょ?」


「いや……もうちょっと真面目にだな――」


 文句を言おうとする俺を制して、


「アタシが教えるのは、体術と格闘だからね。筋トレも無意味じゃないよ。だってユート、今まであまり運動してこなかったでしょ?」


 う……それは、確かに。体育の授業か、球技大会やマラソン大会などの学校行事くらいしか、体を動かす機会はなかった。


「バトルをするときには、もちろん魔法で体を強化するんだけど……体が動かなければ、どうにもならないっていうか……そうだなー分かりやすく言うと、ほら、いくらパワーアップしても、寝たきりじゃ攻撃出来ないでしょ」


「……これ以上ないくらい、分かりやすいな」


「やっぱり軸になるのはそれぞれの肉体だから、ズバッとパンチを出せなきゃ効果も発動できないんだ。だから、ある程度動けるような体になっていないとね。まあ、魔法一本で勝負するってならイイけど」


「いや、了解だ。それじゃ、もう三セット……」


「あ、待って。次は実践的な訓練をするから。そこでじーっと見てて」


 雅は体を離すと、ボクシング用のサンドバッグが吊されている一角を睨んだ。


 ――これは、


 雅の体に魔力があふれるのを感じる。次の瞬間、雅の足下に魔法陣が輝いた。


 だがそれだけじゃない。魔力が体を巡っている……それも二種類か?

 ってことは、三つの魔法を同時に起動していることになる。


「はぁっ!!」


 気合いと共に、雅の姿が消えた。

 えっ? と思った時には、すでにサンドバッグの前。

 引いた拳を一気に突き出し、美しいフォームでパンチを繰り出していた。


 重さ五十キロを超えるサンドバッグが天井まで跳ね上がる。


「すげ……」


 戻ってくるサンドバッグをひらりと避けて、雅が笑顔を見せた。ダブルピースのオプション付き。


「まーこんなカンジ。シュパッと行って、ガキンとしておいて、ドゴーンってするの。分かった?」


「ああ。全然分からん」


「えーっ!? ちゃんと今教えたじゃない!」


「どこがだよ……擬音から理解しろってのは、俺には難易度が高いぞ」


「いやーこういうのは、何て言うの? フィーリング? ほら、考えるな、感じろ、みたいな」


 実力はともかく、雅は講師としては問題がある。特に深刻な語彙力不足が。


 ……とにかく、見本は見せてもらったのだから、自力で推測してみるか。職人の世界では、技は教わるものではなく盗むもの、という言葉もあるしな。


 俺は雅のもとへ向かいながら、考える。


 足下に広がった魔法陣。そして体を流れる魔力……いや、内側と、表面の二種類。


 ――そうか!


「使った魔術式は三つ。最初のは足下に展開して魔法陣として現れた。あれは出だしの加速。そして体の内を流れていた魔力は、恐らくパワーアップ。だがもう一つ使っていた表面に流れていた魔術式は……」


「防御魔法! なーんだ、ちゃんと分かってるじゃん! さすがユート!!」


「凄いのは雅だろ? よく並列処理なんて出来るな……」


 褒めると、雅はドヤ顔で胸を張った。おっぱいがさらに大きくなったように見える。


「ふっふーん♪ まあね~でも、ユートにもやってもらわないと」


「ええー……」


 正直、自信がない。そんな複雑なことが、俺に出来るのだろうか?


「一つ一つはそんなに難しくないよ。でも、同時となると難しいんだ。それに状況に応じて、魔力をぎゅーんって振り分けたり、術式の数値をぐぐっと調整したり……もう体に覚え込ませるしかないんだけどね」


 そうか……やはり、体術に関しても特訓は必要なのか。


「雅、使った魔法の名前を教えてくれないか?」


「えっとね、最初の加速は『駿足鬼ストライド』。パワーアップの魔法でも代用できるけど、別々の方が効果が高いから。で、パワーアップは『魔導力マキシマイズ』。防御は『装甲鬼アルマード』」


 ん? 俺が知っている防御魔法と違うな。


「なあ、防御魔法って『魔障壁バリカーデ』じゃないのか?」


「それは楯みたいに使う場合。『装甲鬼アルマード』は身にまとうもの。カンタンに言うと、魔法の鎧ね。いくら攻撃力を上げても、耐久力を上げていないと、こっちの体が壊れちゃう」


「それは……恐ろしいな」


 雅は人差し指を、俺の胸に突き付けた。


「じゃ、ちゃっちゃと『恋人ラバーズ』のアルカナに訊いてみて」


「分かった」


 俺は言われたとおり、アルカナに尋ねると、すぐに答えが返ってくる。


「……よし。全部の術式は理解した。一応だけど……」


 雅は不満そうな顔で腕を組む。


「まったく……なんでそんなに理解が早いの? かわいくないなー」


 え? 怒られるのか?


「いや……でも、実践出来るかどうかは別だ。正直、俺は全然自信ないからな」


「だねー。いきなり出来ちゃったら、アタシの立場がないもん。マスターするのに、何年も修行したんだから」


「そうだったのか……実は真面目で努力家だったんだな。雅は」


「な……」


 雅の頬が、ぽっと赤くなった。


「あ、アタシのことは別にいいし! もうっ! じゃあ次は実戦形式でいくよ! ボッコボコにしちゃうからね!」


「えっ!? マジで!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る