第7話:私をあなたの眷属にして欲しいの

 リゼル先輩はガーターベルトを腰に付けると、ソファに右足をかけ、黒のストッキングを穿き始めた。


「魔王候補はカードと呼ばれる眷属を持つことが出来る。例えば、さっきのゲルトのようにね」


 そういえば、


「ゲルト……あいつは、あのアスピーテっていう『世界ワールド』のアルカナを持つ魔王候補のカード――眷属ってわけですね」


 確かに本人も、そんなようなことを口にしていた。


「そういうこと。だからお願いよ」

「お願い?」


「私をあなたのカードにして欲しいの」


 先輩を? 俺の?


 いやいや、俺は先週まで普通の人間だった素人だぞ。それに引き換え、リゼル先輩は相当な実力者だ。『世界ワールド』のクイーンになるようスカウトされてたって話だったし、俺なんかとじゃ、釣り合わない。


「でも、そういうのって……普通は主人の方が強いもんなんじゃないですか?」

「ええ。そうね」


「だったら――」

「だって、あなたは強くなるもの」


 リゼル先輩はこともなげに答えた。


「私があなたを鍛えて、誰よりも魔王に相応しい力を身に付けさせてみせる」


 俺は唖然とした。


「それって……先輩の弟子になるってことですか?」


「いいえ、あくまであなたがご主人様よ。私はユートのカード、切り札になりたいの。ユートに仕え、あなたを魔王に押し上げる力になりたいのよ。あなたを鍛えるのも、その一環」


 リゼル先輩はストッキングをベルトで留める。


 セクシーなランジェリー姿の出来上がり。しかし今の俺は、目の前の美しくも煽情的な肢体を堪能するような、心の余裕がなかった。


「いやいやいやいや! 無理無理無理無理! さっきだって、先輩が助けてくれなかったら、今頃死んでましたよ!?」


 これ以上ここにいてはマズい。


 父さんと母さんには申し訳ないが、もうこんなアルカナは返上して、元の平凡な生活に戻ろう。


 俺はベッドから下りる。


「申し出はありがたいんですが、俺、素人なんで……」


 あれ? 俺の制服は?


「ええ、あなたは素人。何の知識も魔力も持たない。今朝までは」


 リゼル先輩は俺の前に立つと、真剣なまなざしで見つめた。


「でも、魔法の深遠を、魔界の一端を、覗いてしまった。もう後戻りは出来ないわ」

「先輩……どうしてそこまで俺のことを?」


「あなたはアルカナの声を聞いた」


「それは俺が魔王候補だからで――」


 先輩は首を横に振った。


「魔王候補であっても、普通はアルカナの声は聞こえない。あなたはアルカナに愛されているのよ。それが理由の一つ」


 一つってことは……他にもあるのか?


「それにアルカナが魔法を教えてくれたとしても、それをすぐに理解して、使えるかどうかはその人次第。ユートは覚えたばかりの『魔障壁バリカーデ』も『豪炎ファイガ』も使いこなすことが出来た。つまりあなたには素質がある、ということよ。それに……」


 リゼル先輩は微かに頬を染め、今までの自信満々で余裕たっぷりの態度から一転、少し恥じらうようにして告げた。


「その……私と、体の相性も良さそうだし」


 心を撃ち抜かれたような気がした。


 これも魔法なのかと疑いたくなる。


 今なら、何でも言うことを聞いてしまいそうだった。


「リゼル先輩……俺は――」


 突然、音を立てて扉が開いた。


「センパーイ! サクッとおわったー?」

「し、失礼、失礼します……ですです」


 二人の女子生徒が控え室に入って来た。

 その二人を見て、リゼル先輩は困ったように溜め息を吐いた。


みやび、れいな、話は私がすると言っておいたでしょう?」


「いやーだって待ちきれなくて、シュパーッて来ちゃった。えへへへ」


 そう言うのは、金髪のツインテール。思いっきり着崩した、露出度の高い制服の着こなし。派手なアクセサリーとメイク。


 ギャルだ。


「アタシはゆうがお雅っ! 一年D組だよ。ぎゃるっとヨロシクね!」


 明るい笑顔がまぶしい。シャツの合わせから覗く、胸の谷間も。


 何というか、元気とおっぱいがシャツのボタンを弾き飛ばしそうだ。胸の大きさなら、リゼル先輩より上かも知れない。


 もう一人は実に対照的。


 背も低いし、体の凹凸もささやか。恐らくは中等部の生徒だろう。


「あの、あの、れいなは、いわれいなっていいます。中等部の二年生で……え、えっと~ふつつかものですが、どうぞよろしくですです」


 銀髪ロングヘアの頭を、深々と下げた。


 何というか、小動物っぽくて可愛い女の子だった。挨拶するだけでテンパって、あわあわしてる。


 一方、夕顔瀬の方はまったく物怖じしていない。ずいっと、俺に顔を近付けると、ニカッと笑う。


「――じゃユート? 正式にカードに採用する儀式をしてくれる? スパッとしちゃお? ササッと」

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