第8話:『恋人』のアルカナと美少女眷属
何か、さっきから擬音の多い人だな……。
「えっと……カードの儀式って? 夕顔瀬さん」
すると雅は唇を尖らせた。
「呼び方カターイっ! カチカチだよ。雅でいいよっ、み・や・び!」
ウインクすると顔の前でピース。確かに初対面でいきなりユート呼ばわりされてるわけだし、こっちも雅でいいか。
「分かったよ、雅。でもカードにするしない以前に、俺は魔王大戦のこともよく分かっていないから……」
「えーっ!? ねーセンパイ、まだユートと話がついてないの?」
不満そうな雅に、リゼル先輩は腕を組んで溜め息を吐いた。
「雅たちが飛びこんで来なければ、今頃私は正式に契約していたわ」
れいなはビクッと体を震わせると、「すみません」を連発して頭を下げた。
しかし雅は悪びれる様子もなく、再び俺に顔を近付ける。
「まーいっか。ね、ユート。魔王候補はカードを使うことは聞いてるでしょ? アタシら凄くいいよ! 優良物件ってやつだよ! さあ、バシッとキメちゃお!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。だって、それってみんなが俺の部下みたいな立ち位置になるってことだろ?」
「そーだよ? ま、部下っていうより……眷属とか、戦力とか……あ」
にや~と笑うと、雅は胸を持ち上げるようにして、腰をしならせた。
「奴隷とか? カードにしてくれたら、アタシのこと好きにしていいし」
――す、好きに!? だとっ!?
「雅!」
リゼル先輩がたしなめるように名前を呼んだ。
「えーだってそうでしょ? 身も心も捧げるわけだし、特に『
「そうだけど、もっとデリカシーというものを持ちなさい。品がないわよ」
「まったくセンパイはマジメぶっちゃってもー」
そっぽを向いて、ぺろりと舌を出す。
しかしリゼル先輩も、そんなことはお見通しらしい。
「雅? 何か言いたいことがあるのかしら?」
「いーえ、全然。ただ、アタシたちの魅力で、男の子なんて押し倒しちゃえば話が早いのにって思っただけでーす」
「そんな態度だから信用されないのよ。それに、ユートは他の男とは違うの」
雅はくるっと俺の方を向くと、ただでさえ開いている胸元のボタンをさらにはずし、襟を開いた。戒めの一部が外れたように、おっぱいがふるんと前に飛び出た。寄せられた胸の谷間と膨らみがさらに露わになり、ピンク色の下着が見える。
「そんなことないよね? だって男の子だもん。女の子とエッチなことしたいよね?」
甘えるような上目遣い。
危うく心が折れそうになる。しかし――、
「いや……ちょっと考えさせてくれ」
「へ?」
「まだ俺には、この学園と魔王大戦のことが分かっていない。君たちをカードにするってことは、多分君たちの人生とか運命を左右することになるんじゃないか? だとしたら、そんな簡単に背負えることじゃないよ」
「……」
雅の表情から軽薄な笑いが消えてゆく。
ドン引きされたかな? と思いつつも、俺は続けた。
「でも、そこまで言ってくれるってことは、俺にも何かの可能性があるのかも知れない。だから、学園や魔王のことを知って、考えてみて、それから答えを出したいんだ。それでもいいか?」
雅が澄んだ瞳で、じっと俺を見つめていた。
「ふーん……確かに、他の男とは違うかも」
不思議なことに、雅の容姿はさっきと同じなのに、理知的な雰囲気に変わっていた。どこか高貴さや、上品さといったものすら感じさせる。
これが、雅の本当の顔なのか?
と思った次の瞬間、再びへらっとした笑みを浮かべた。
「しゃーない。じゃ、しばらくはアピール期間ってことにしとくね♡」
れいなに視線を移すと、
「れいなも、れいなも、ユートさんの心が固まるまでお待ち致します。でも、その間もれいなを頼ってくださいね? れいなはユートさんの味方ですから!」
そう言って天使のような微笑みを浮かべた。悪魔に「天使」っていうのもヘンだけど。
「あの、ホントにホントに、御用があったら、何でも言って下さいねっ。疲れてませんか? お腹とか空いてませんか? あ……学園の中をご案内しないとですよね?」
「れいな、あなた中等部でしょう?」
冷静なリゼル先輩のツッコミに、れいなは肩を落とした。
「……ですです」
リゼル先輩は、ふっと肩の力を抜くと、
「それでは、私たちをカードにしてくれる決心がついたら、正式に契約をしましょう。それまでは、私たちが色々とレクチャーしてあげるわね」
「はい、ありがとうございます……あと、一つ訊きたいことがあるんですが」
「何かしら?」
「さっき、俺には素質があると言ってくれましたけど……リゼル先輩は引く手数多みたいだし、他にも魔王候補はいるのに……ただの人間の俺を、なぜ?」
リゼル先輩は腕を組むと、俺を優しい瞳で見つめた。
「私たちの先祖は、代々『
ああ、なるほど。殿様に代々仕えている武士みたいなものか……それで――、
「でも、それだけじゃない。私の意思もあるわ」
「え?」
先輩が、一歩、二歩、俺に近付く。
「今朝のやり取りで分かったわ。あなたには、相手がどんなに強大であっても屈しない心、そして敵わない相手でも立ち向かおうとする心がある」
「そ、それは……無謀なだけですよ」
「そして正義を愛する心を持っている。あなたは他人のために怒ることが出来る、戦うことの出来る人。そんな魔王候補、なかなかお目にかかれないわ」
顔が近い。でもそれよりおっぱいが近い。
「はは……悪魔としては、それって欠点?」
「いいえ。私は恐怖と暴力だけで世界を支配するのは嫌なの。一人の価値観と欲望だけを押し付けられる世界なんてお断りだわ」
「先輩……」
その瞳は真剣だった。
「確かに恐怖と暴力は必要。でもそれだけでは駄目なの。そこには、他人への愛がなければならない。だからこそ次の魔王は……ユート、あなたでなければならないの」
大きく前に飛び出した胸が、まず俺の胸に触れた。
「あなたが持つ『
愛の、魔王?
れいなが発言を求めるように手を挙げた。
「『
雅が割り込むように言葉を引き継ぐ。
「情熱と選択ね。あとは……」
ちらりとリゼルを見る。
「運命的な出会い。そして、未来への期待」
――未来への、期待。
「さっきも言った通り、私たちは暴力と恐怖だけの統治には納得しない。愛の力で世界を治める、そんな未来を期待させてくれる王に私たちは仕えたいの」
「先輩……」
天使のような微笑みを浮かべ、悪魔な先輩は俺に囁いた。
「この出会いが、運命的なものだって……私は信じているわ」
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