第20話 父親の気持ち
夏休みも折り返しといったところにさしかかっていた。上野もバイトはすっかり板につき、もはや従業員と遜色ない働きっぷりだ。以前の皐月の話から、このホテルの従業員が女性ばかりの訳も分かった。男性も1人か2人いるが、極力唯たちとは関わらないようなシフトになっていた。初めてホテルに来た時の唯の父親の反応も、今となっては理解できる。上野は部屋の掃除を終え、ロビーへとやってきた。
「あっ、直也君!丁度いいところに来た。唯とちょっとおつかいに行ってくれないか?」
父親兼オーナーが言う。
「おつかい...ですか?」
「そうそう、おつかい。上野君のいつも乗ってる駅あるでしょ?その駅前に、行きつけの紅茶のお店があってね。うちはサービスで紅茶出してるの知ってるでしょ?もうちょっとで無くなりそうなんだよね」
「良いですけど...2人で、ですか?」
「唯とは嫌かい?自分の娘ながら、結構可愛いと思うんだけどね。親バカかな?」
「い、いえ、そういうことではなくて。男と2人きりというのは大丈夫なんですか?」
あの日、皐月は父親に直也に話したことを言ったらしい。父親は理解してくれると助かる。これからもよろしくねと言っていたが、あんな話を聞いてしまえば、誰だって躊躇うだろう。しかも、その相手は自分の絶賛片思い中の人なのだから。
「俺はさ、嬉しいんだよ。小学生の時に母親を亡くして、他人に心を開かなかったために皐月がいじめられて、高校に入って今度は唯が酷い目にあった。父親である俺のせいなんじゃないかって、ずっと悩んでた。でも、唯は今、君という存在を見つけて、自分を変えようとしてる。皐月にも、自分の為に生きて欲しい。その為の一歩目を踏み出すきっかけは間違いなく君だ」
「僕は...何もしてませんよ。でも、皐月が言ってた様にもしも、もしも僕があいつらを助けられるなら...」
上野はグッと拳を握りしめた。そして、唯の父親の顔をしかと見た。
「僕にやれることならなんでもします」
「安心したよ。君みたいな友人に出会えて、娘たちは幸せだ。1人の父親として、お願いする。あの子達をこれからもよろしくね」
父親は安堵の表情を浮かべた。
「じゃあ、おつかい行ってきます」
「もうちょっとで唯も来ると思うから、少し待ってて」
「分かりました」
上野はホテルの外に出た。
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