第43話 唯のために
演劇部の劇を見に行くかと思っていた矢先、大輔は唯の手を引いて歩き始めた。
「大ちゃん?どこ行くの?」
「んー?ちょっといい所」
唯は不安を隠しきれていなかったが、大輔のことを信頼しているせいか、あまり抵抗もしなかった。
程なくしてから旧校舎の方に入った。この学校は、つい半年前に新しい校舎(上野達のクラスがある)が作られたばかりで、やや田舎にあるおかげか、敷地が余っている為まだ旧校舎が残っていた。近々壊される予定ではあるが、施錠も甘くなっていた。
「大ちゃん?こっち何もないし入っちゃダメでしょ?」
「いいからいいから」
そう言って少し奥にある教室へ入った。その瞬間だった。手を思い切り引かれた唯が倒れた。
「大....ちゃん?」
嫌な思い出がフラッシュバックする。まるで走馬灯の様に頭の中に記憶が流れ込んでくる。唯の体が震えだす。
「怖い?唯ちゃん。大丈夫だよ。俺は知ってるから」
唯は前と同じく、体の動きが止まってしまった。
(また...!何で!お願いだから動いてよ...!)
少しずつ近づいてくる大輔。もうすでに上半身は裸になっている。
(嫌...!嫌!直也!)
その時、動かなかった体が動いた。見つからない様に半身になりながらポケットに手を伸ばす。スマホを取り出し、いつも通りラインを開く。上には上野か皐月しかいない事を分かっていた唯は、適当に上の方をタップし、横目でトークが開かれている事を確認してから通話ボタンを押した。
上野は走った。元より走るのは大の苦手だった筈だが、自分でも驚くほどの速さだった。旧校舎の施錠が外れている事を見てから、手前から教室を一つ一つ確認して回った。電話が来てから数分で、唯らしき声が聞こえた教室へと飛び込む。後に気づいた2人は上野の方を見た。唯の服は乱れ、目には涙も見える。上野の思考はほぼ停止していた。
「お前誰だ...」
大輔が喋り始めた瞬間に大輔の頬に上野渾身の拳が入った。
「直也...!」
唯は上野の背中に飛びついた。上野は唯の乱れた服を直し、頭を優しく撫でた。
「ごめん...俺また...」
上野が言いかけた時、後ろから起き上がる音がした。
「おい...、てめえ何してくれんだ?ああ!?」
「お前こそ何してんだよ」
「人の楽しみを邪魔してくれやがってよお!!!!」
大輔の足が上野の脇腹を捉える。180㎝以上の巨体に付いている長い足は鞭のようなしなりを帯びて、上野に大ダメージをくらわせた。
「カハッ...オエッ...」
口から胃液に混じった血が出てくる。次の瞬間、もう1発、右顔面に蹴りが飛んできた。体格差で劣り、喧嘩などほとんどしたことの無い上野が対抗できる筈が無かった。だが、上野は停止した思考の中、ただ唯を助けたいという思いで動いていた。そんな時だった。
「あああああああああ!!!!!!」
大輔の拳に対するカウンターがたまたま顎にクリーンヒットした。脳震盪を起こしたのか、大輔はその場に崩れ落ちた。間髪入れず上野は馬乗りになって胸ぐらを掴み、叫んだ。
「てめえは唯の事情を知っているのにも関わらずにこんな事をしたのか!!?」
「う...あ.....」
「答えろ!!!!」
「違う!俺じゃ無い!あの女が誘ってきたんだ!」
大輔は目を泳がせながら必死に弁明した。だが、そんな言葉も全て上野に一蹴された。
「クズが。失せろ。これからは唯の側には俺がいつもいる。てめえが何かしようとするなら全力で止めてやる。これから唯の前にその面見せんじゃねえぞ」
「ひ、ひぃ!」
まるでアニメかのような驚きをして、大輔は走って逃げていった。
「はあ、はあ、はあ...」
アドレナリンが切れたのか、上野はその場で座り込んだ。
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