第42話 ありがとう

 上野が皐月を見つけたのは、もうすぐ日が落ちる頃になってからだった。一般効果あるの時間は終わり、最終日に向けて準備する者、片付けをする者、帰る者。それぞれが自由に過ごす中、皐月は東棟の階段裏に体育座りで隠れるように座っていた。

「....よお」

 上野は少し困惑したように話しかけた。

「....よくここにいるって分かったわね」

「分かんねーよ。めっちゃ探したわ」

「あ、あの、ごめんなさ...」

「謝ることなんてないだろ?」

「私、自分の気持ちを止められなかった。咄嗟に手出たけど...」

「知ってるだろうけど俺はこんな性格だからさ。人を好きになることも好きになられることも無かったんだよ。だから、皐月の気持ちを知った時にどんな感情よりも先に困惑しちゃったんだ」

「それでも、自分が行きすぎた事しちゃったって反省してる。あの後輩ちゃんにも悪い事しちゃった」

「俺は自分の気持ちだけはちゃんと理解してると思ってたんだ。でも違った。他の人の言動とかでこんなにも気持ちが左右されるなんて知らなかったんだよ」

「あんたも迷ってたの?」

「うん。最近なんか特にそうだったよ。けど、そんな迷いを教えてくれたのは、唯と皐月なんだ。だから、俺は感謝してる。本当にありがとう」

「そんな...何もしてないよ」

「感謝してる。だからこそ、皐月の想いにちゃんと答えないといけないと思った。俺が皐月を追ってきたのはその為だ」

 皐月はコクリと頷いた。

「皐月、気持ちを伝えてくれてありがとう。でも、ごめん。俺は...」

 上野は一瞬詰まった様だった。だが、はっきりと皐月に告げた。

「俺は唯が好きだ」

 皐月はもう一度頷いた。そして、ゆっくりと口を開いた。

「伝えるの?」

「うん」

「はあ。あんたみたいな男にこんなに気持ちを揺さぶられるなんて、出会った時は思いもしなかったわ。...最後に一つだけお願い聞いてもらえるかしら?」

「俺にやれる事なら何でも」

「あの時...私達の過去を話した時みたいに、頭ぽんぽんしてもらいたいの」

「頭ぽんぽん?そんなんでいいのか?」

「本当は抱きしめてからキスして欲しい所だけど、姉のことを好きだって知ってからそんなことさせられないでしょ?あと、この頭ぽんぽんするやつ、昔にパパが良くやってくれたの。ママがいなくなってから、不安になる度にやってくれた。あの時、心の底から安心できたの」

「そっか」

 そう言って上野は皐月の頭をぽんぽんした。優しく、安心出来るように。上野にできる最大限の優しさを込めて。

「ありがとう」

 安心したのか、皐月はいつもの顔つきに戻っていた。

「ほらほら、早く唯に連絡しなさいよ」

「うん」

 そう言って上野が携帯を取り出した瞬間、驚くことに、逆に唯から電話がかかって来た。通話ボタンを押す。

「もしもし?俺も丁度かけようと...」

 その時。上野と皐月の両者の顔が歪んだ。

『はあ...唯ちゃん...好きだ...。やめて!お願い!ここ旧校舎なんだって?誰も来やしないよ。さっきもボディタッチとか言ってたし。誘ってたんでしょ?嫌...!直也...助けて...』

 ブッと通話は切れた。と、同時に上野の堪忍袋も限界値を突破した。

「直也...!」

「これ、お前らのいとこだよな?」

「うん...。大輔っていう」

「お前らの過去について知ってるんだよな?」

「うん...」

「悪い。俺、止めらんねーから、手出ても許してくれるか?」

「お願い...もう、唯がこんな目にあうの嫌だよ!直也、助けてあげて!」

 皐月が言い終わる頃には上野は走り出していた。その顔つきは今までに見たことのないほど怒りに満ちていた。


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