第44話 告白

 座り込んだ上野に、唯は駆け寄った。

「直也!」

「唯...」

「大丈夫...?口も切れてる。これで拭いて」

 そう言って唯はハンカチを差し出した。

「ありがと」

 上野はハンカチを受け取り、口元を拭いた。

「唯は優しすぎる。こんな状況で自分よりも人を心配するなんて」

「......私...」

 唯の声が曇り、やがて泣き声になった。

「何で...こうなっちゃうの...?何回...信じた人に裏切られればいいの...?」

 上野は唯が泣き止むまで隣で寄り添っていた。心が折れそうになっているであろう唯の不安を少しでも払拭してあげられないかという優しさを見せたつもりだったが、実際には何と声をかけていいか分からなかったという思いもあった。

「泣き止んだ?」

「...うん」

 唯は手で涙を拭いながら答えた。

「ちょっと場所変えよう。ここ電気ないし。バレたら大変だよ」

「うん」

 2人はいつもの屋上へ向かった。その道中、唯は上野の服の端を掴んだ。

「唯?」

「んと、ね...手、繋いでもいい?」

 もうすでに日は落ちており、廊下は薄暗く、唯の表情は良く見えないが、恐らく俯いた顔は火照っているのだろう。

「唯が良いなら...」

「...ん」

 唯の差し出した手を、上野は優しく掴んだ。思っていたよりも小さいその手に、一瞬戸惑ったが、上野はもう一度強く握り直した。





 日が落ちたこともあり、屋上は涼しい風が吹いていた。屋上からは反対側にある校舎の中が見えた。人影はどんどん少なくなっていたが、まだ人はいる様子だった。

 最初に口を開いたのは上野だった。

「唯、ごめん。俺はまた唯を1人にして、こんな目に...」

「違うよ!直也のせいじゃないよ。あの人、私達のことちゃんと知ってるから大丈夫だろうって思ってた。私が悪いの」

「俺、唯があいつと仲良くしててさ、多分...嫉妬してたんだ。そのせいか、あんまり唯のこと気にかけられなかった」

「ううん。それよりも直也大丈夫なの?後輩の子とか、今日はさーちゃんと遊ぶって言ってたのに」

 上野は軽く息を吐いた。そして、少し決心した。

「俺、今日、皐月に好きだって言われたんだ」

「えっ!」

 唯は口を覆って驚いた。

(さーちゃん、ちゃんと言ったんだ)

「でも、断った。やっぱり、自分の気持ちに嘘はつけないから」

「そうなんだね」

 上野は空を見上げながら目を閉じて今までの事を思い出した。

「俺、お前達に会ってから本当に楽しかった。雄一達と友達になれたのも、祭りとか行ったりしたのも、どれもこれも、唯のおかげなんだよ」

「そんな...私は何も...」

 上野は少し俯いた唯の顔の頬を両手で挟んで、上を向かせた。2人の目線が合う。時間がとても遅く流れているように感じる。2人の顔が赤く火照っていく。そんな火照りを冷ますかのように、少し涼しいそよ風が吹いた。髪がなびく。上野にとってこんなにも愛しい人が目の前にいる。こんな幸せが他にあるだろうか。



「唯、好きだ」



 上野は唯を抱き寄せた。唯も上野に身を任せた。そして、上野の腰に手を回した。


「これから先、何があってもずっと一緒にいて、唯を守るよ」


「直也...好き。ずっとずっと好きだったの。でも、私弱いから...。言えなかった。でも、直也が何回も助けてくれたから、私、直也を信じる」


「これからは、今までのことなんか忘れるくらいに楽しい思い出を一緒に作っていこう」


「うん」


 そして、2人の唇が重なった。唯は今までの感情を爆発させたように、熱い口づけを求めた。上野もそれに応えるように激しさを増していく。唇を離した後の2人は、これまでにない程顔を赤らめながら、微笑み合った。



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