第31話 学祭準備④

「なんでいるんだよ」

「買い出し」

「嘘つけ。お前、保健室でサボってるの唯から聞いてるぞ」

「..........」

「図星だな」

 痛いところを突かれ、皐月は黙り込んだ。

「姉のこと心配するのも分かるけど、帰った方がいいぞ。みんなお前のこと探してるんじゃないか?」

「......唯じゃないわよ...」

「ん?なんか言った?」

「なんでもないわよ!」

 上野は辺りを見渡す。

「唯に置いてかれちゃったな。何あるか分かんないから、早めに合流したいんだけど」

「.......」

 皐月は黙り込んだまま、一歩も動かない。

「....一緒に探してくれるか?」

 皐月はこくりと頷いた。そして2人は歩き出した。


 無我夢中で走り、息を切らしながら後ろを振り返る。そこに、上野はいない。

『いるよ。好きな子』

 ズキン。心が痛い。苦しい。胸から熱いものがこみ上げる。泣いちゃダメだ。頑張るって決めたんだ。そう自分に言い聞かせ、唯は歩き出した。

 その時。

「あれ、北川さんじゃね?」

 浮ついた聞き覚えのある声。好きだったのに、吐き気がするほど嫌いになったあの声。

 頬がズキズキと痛む。トラウマが蘇る。そこには、1年前、唯に忘れられない傷を負わせた、あの男がいた。

「なんで...こんなところに...」

「ははは。そんな顔すんなよ。久々の再会だぜ?仲良くいこーぜ、仲良くよ」

 男は唯にジリジリと近づいてくる。今唯がいるのは大通りから一本裏に入った路地。人通りも少なく、偶然誰かが通りかかるのを待つのは得策ではない。そう判断して、声を出そうとする。が、男はその口を素早く手で塞いだ。

「おいおい、元クラスメイトに会っただけで声出そうとしてんじゃねーよ。せっかくの機会だ。楽しいことしようぜ」

 男は唯の頬に手を伸ばし、そっと撫でた。それだけで唯は背筋が凍り、身動きが取れなくなった。

「やっと大人しくなったな。お前はあの時からうぜえと思ってたが、よく見てみれば顔はいいな。あいつらが喜びそうだ」

 嫌だ。触らないで。あっち行って。体を動かそうとしても動かない。

 唯の腰に男の手が回る。震えが止まらない。

「北川さ〜ん。いいの?抵抗しなくて」

 男の不気味な笑い声が聞こえる。頭では嫌だと思っても、体は別人のようになっていて、唯は抵抗できなかった。

 唯のお腹を男の舌が駆け回る。虫唾が走る。

 嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ!!!!!

 その瞬間、唯は男の手を思い切り噛んだ。

「痛ぇ!!!何すんだ、この野郎!!!」

「はあ、はあ、嫌だ。触るな!」

「この野郎...いい気になりやがって!今度こそ、その顔面ボコボコにしてやるよ!!!」

 男が拳を振り上げ、唯は目を瞑って歯をくいしばった。


 ドン!!!その瞬間、男は横に吹っ飛んだ。誰かが男に馬乗りになって押さえつけている。

「誰...?」

 見覚えがある。あの時、1年前にもそうだった。同じ人。唯を助けたあの人が、また同じ男から唯を助けた。そう唯は思った。

 そこにいたのは、

「直也!」

 上野は男を押さえつけて、唯に向かって叫んだ。

「こめん!ごめん唯!俺が1人にしたせいで!大丈夫か!?」

「うん。でもなんで!?」

「お前が何かに巻き込まれてるって!なんでか分からないけど!そう思ったんだ!追いかけてきて良かった!皐月が警察を呼んでくれたから、もうすぐ来る」

「てめえ、何しやがる!!!離せ!!」

「ふざっけんなよ!!!!テメーみてえなクソ野郎が、唯に触ってんじゃねえよ!!」

「......!お前、もしかして...!」

 男がそう言いかけた所で、道の向こう側から警察が走ってきた。



 男は警察に連れていかれ、上野たちも事情聴取を受けた。その帰り道。

「直也、ありがとう」

「いや、唯が無事で良かったよ」

 皐月は泣きながら唯に抱きついた。

「なにしてんのよ!心配させんじゃないわよ!!」

「ごめんね。さーちゃんもありがとう」

 唯は皐月を抱きしめた。

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