第40話 さよなら

「告白されたん...ですか?」

「そう。さっきの女の子に。俺さ、そんな事全く考えてなくて。なんかこんがらがっちゃって」

「どうするんですか?」

「.......」

 美奈を見た上野の顔は困惑に満ちていた。

「先輩?」

「俺、好きな人がいるんだ」

 美奈は雷が落ちたような衝撃に言葉が詰まった。このタイミング。この状況で上野が発した一言は美奈にとって重すぎる一言であった。

「そう、なんですか」

「あの子じゃないんだ。でも、もう告白された事で、あの子が言っていたように、今の関係が壊れてしまうんじゃないかって」

 上野はまた顔を伏せて美奈に言った。

「俺はどうすればいい?今までずっと思い続けていた人の気持ちがもう分からないんだ。迷って、迷って、たった1人の心を考え続けて、近くにいる人の気持ちに気がつけなかった。彼女の涙はその結果だ」

 もう美奈は知っていた。この人が想う人は自分ではないと。今、上野は迷っている。好きな人の心が分からない事と、自分に向けられた想いの狭間で。そして、美奈は自分なりの答えを出した。

「私は...私は、先輩には幸せになって欲しいと思っています。覚えていますか?中学の時、委員会で初めて先輩を見た時、先輩はとても面白くなさそうな顔をしていました。それからもずっと。だから、私は久しぶりに会った先輩の顔を見て、気づいたんです。先輩は何がきっかけかは知りませんが、とても明るくて、良い顔になってたことに。今思えば、先輩が言っていたその好きな人のおかげなんでしょう?」

 上野の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「うん...」

「さっきも言いましたが、私は先輩に幸せになって欲しいです。なので、後悔はして欲しくないです。後悔しない事で、たとえ誰かを悲しませることになっても」

「美奈ちゃん...」

「先輩は山月記というお話を知っていますか?そのお話で主人公は虎になってしまったことを自分の運命だと言うんです。人とは運命が決まっていると。私も思うんですよ。運命はあるって。もし、先輩がその人のおかげで変われたなら、それは運命です。先輩が幸せになれる運命。安心してください。私はずっと先輩の味方ですよ」

「......北川...唯。俺は彼女の事が好きなんだ。本当に、好きなんだ」

「知ってますよ」

「彼女のためなら、なんだって怖くない。そんなこと言えるのなんて、フィクションだけだと思ってた。中学の時から俺は他人にあまり興味が無かったんだ。それが、彼女と出会って変わったんだよ」

「はい。先輩は人の気持ちをちゃんと考えられる人だって、私は知っています」

「美奈ちゃん、ありがとう。俺はやっぱり唯が好きなんだ。この気持ちは変わらない」

「気持ちの整理がついたら、伝えに行きましょう。2人に」

「うん。でも、今分かったよ。俺はもう幸せだ。美奈ちゃんみたいな後輩がいるんだから」

「当たり前じゃないですか。なんてったって、先輩の可愛い可愛い後輩ちゃんなんですから。頑張って下さいね。ちゃんと学祭中に言うんですよ?」

「うん、本当にありがとう」

 そう言って上野は歩いていった。


 美奈はそのまま保健室と同じ廊下の先にあるトイレに入った。

「うっ、うっ....ひぐっ...」

 我慢していたものが栓を開けたように溢れ出た。

 さよなら、初恋。



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