第31話 コラボ招集
指導者探しや同じ乙女文楽部のある高校の情報を集める一方で大きく動き出したのは月華さんたちとのコラボだった。私たちの招きに五つの団体・個人が応えてくれた。
「まずは南畝さんの乙女文楽を見てもらえますか」
刀禰谷さんの紹介と共にヒスイカズラやネムの茂る温室で演技をはじめる。砂時計が落ちきるくらいの短い一景は今回も手応えがあった。
「この南畝さんの演技を支えてくださる人が欲しくて今日は集まっていただきました」
「乙女文楽そのものをやるわけ?」
真っ先に質問を投げかけてきたのは松里さんだ。
「伝統は枉げない方針でお願いするつもりです」
「じゃあ、ボクも他の人たちも出番ないじゃん」
「枉げないというのは南畝さんの技限定と思ってください。彼女が身につけてきた芸そのものをうちの生徒たちに見せたいんです」
月華さんが小さく手を挙げて言う。
「つまり、演目も演出も人形のデザインも制限なし?」
「はい」
「ターゲットは文化祭でいいのね?」
「そうです」
「柔軟に来たわね」
「そうかもしれません。南畝さんの演技を見て何か私たちで創れるものがイメージできるんじゃないか、それを形にしてみませんか、というのが今日集まってもらった理由です」
「相変わらず仕切りたがること」
「ご意見はちゃんと容れますので大目に見て下さい。月華さん、お連れになった方を紹介していただけますか。南畝さんは知らないと思うので」
「あら、ごめんなさい。この子は
月華さんが挙げたのは昨年ヒットした青年漫画のタイトルだった。
――この人も刀禰谷さんの一人部活プロデュースだろうか。
黙って頭を下げた上級生が左右非対称のショートの髪を揺らす。
次いで発言を求めたのはこの前人形の修理で対応してくれた工作部の部長さんだった。
「うちも見てもらいたいものを用意してきた」
キャリーバッグから人形が取り出される。文楽人形をうんと華奢にしたような一人遣い用と思しき人形だった。衣装はモスリンというのだろうか、骨組みの透けて見える薄物で、四肢や頭はソフトビニールかシリコンであるらしい。手にした私はその軽さに驚いた。以前に五キロという数字が挙がっていたけれど明らかにもっと軽い。
「試してみてもいいですか?」
「ぜひ」
身体への固定方法も簡単だった。乙女文楽の胴金と構成は同じだったけれど肩と背中に回るベルトは一動作で身につけられた。人形の背からはしなやかなチューブが引き出され、細身のカチューシャのようなものがぶら下がる。
「これは乙女文楽と同じでいいのでしょうか?」
「頭の後ろから耳にかかる感じでつけてみて。チューブは最後にハーネスへ」
手にした時点で人形の頭と連動しているのは想像がついた。言われるままに身につけてみると人形の
胴金と人形の背の間にあるレバーを倒してみるよう促される。
「あら? 動くんですね」
「機械式スタビライザー。
袖の後ろから人形の腕を持てば効果は明らかだった。本来、乙女文楽の人形は身体の前に固定されて動かないけれど、このジンバルという胴金は重量を気にせずに身体の前で人形を掲げ、這わせ、左右に振って移動させることができた。人形自体の重さが消えて宙に浮いている感じだ。もちろん本当に重さがなくなるわけではなく、リュックのように身につける胴金には重さが伝わっていたけれどそれでも乙女文楽の人形とは比較にならない。
乙女文楽の動きを試してみる。
――これは。
興奮せずにはいられなかった。
――『文楽』ができる!
伝統の胴金では人形の上下の動きが限られる。かといって女の腕力では十五キロある人形を腕金で遣うことも難しい。軽い人形、自在な動き、腕への負担の少なさ、繊細に動く
――――布袋劇に迫るアクションだって。
人形を遣いティーポットからカップに紅茶を注いでみせる。列席者から小さく嘆声が漏れた。
「初っ端からすごいの来たね」
刀禰谷さんの言葉に私は頷き、工作部部長に向き直る。
「これ、この間、人形の調整をしていただいた時から作りはじめたんですか?」
「そう。軽量化を訊かれた時にぴんときてね」
「工作部殿、工作部殿。これは関節にエンコーダーを仕込めますかな?」
「もちろん。腕や足は関節がないから慣性センサーがいいんじゃない?」
工作部とPC部がそれらしい話を始める。
「刀禰谷は? あんたも人形を遣えるの?」
月華さんの問いに肩を竦めた刀禰谷さんが乙女文楽の人形を纏い、教えて間もない基本動作を演じて見せる。
「……南畝の一人芝居に決まり」
誰からも異議は出なかった。代わって発言を求めたのは松里さんだった。
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