第42話 追ってきた過去
毎日は稽古の中にあった。シナリオと合唱、三味線から演技を作り、作った演技をシナリオに反映させ、それが合唱と三味線を変える。
繰り返しの毎日の中で気になるメッセージが届いた。PC部のVTuber番組へのコメントだった。〝能面さん〟キャラを
背筋に冷たい汗が湧いた。
――
コメントの端々に覚えのあるフレーズが散らばっていた。乙女文楽の教室で私の演技を延々と批判してきた子の言葉だ。こんなの乙女文楽じゃない、ちっとも伝統に沿っていない、扇の返し方がおかしい、足運びが違う……。細部に至る正確な、けれど悪意の滲み出る文字の並びが音となって耳に蘇った。
逃れたはずの悪意が追ってきていた。
予想できて然るべきだった。ネットは距離を超える。乙女文楽についての情報は少なく、動画もわずかしかない。〝能面〟という呼び名はあの頃も使われていた。乙女文楽の同門であれば3Dキャラが誰を模したのかすぐにわかっただろう。たとえボイスチェンジャーで声を変えていても。
――誰か。
助けを求めたかった。一番に思い浮かんだのは刀禰谷さんの顔で、今も相談を持ちかければ喜んで聞いてくれるはずだった。
〝本当の友達〟として。
――駄目。
今の刀禰谷さんにはとても相談できなかった。私が欲したのは事態を的確に解決する生徒会執行部の遣り手でも、的確なアドバイスをくれる少女小説の中の理想の親友でもなかった。欠点だらけの友達で良かった。頼りない恋人で良かった。何もできずに一緒におろおろしてくれるだけで良かった。〝本当の友達〟らしく振る舞うことに腐心して私を見てくれなくなった相手でないことだけは確かだった。
乙女文楽の先生も頼れない。すでに以前、同じことで申し訳の立たない逃げ方をしてしまった。市川さんは今も先生と縁があるだろう。教え子同士の問題を先生に解決させるわけにはいかない。
――養護教諭? カウンセラー? シスター?
福祉を重視する学校にはこんな時のための相談相手が用意されているはずだった。
――それも、違う。
私は刀禰谷さんに相談したかったのだ。私が口づけで歪めてしまう前の刀禰谷さんに。
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