南畝2

第38話 進展と焦り

 ――まだ五月。

 入学以来、色々なことがあった。部活なんて作れるのだろうかと半信半疑で教師に相談を持ちかけたことが嘘のようだった。一週間で部活は発足し、一月後には指導者が見つかり、人形が増え、他校との交流が始まった。文化祭に向けたコラボも充実していた。

 ――すべて彼女のおかげ。

 造花の藤の枝を手に演技する刀禰谷さんの横顔を見つめる。足運びも覚束ない現状だけれど最初の課題には『藤娘』を選んだ。心中や戦の話に比べて断然華やかだったし「少女性」をテーマにする私たちの部活にはうってつけ、と見つけてもらった指導者と相談し、決めた。

 ――何より、似合う。

 刀禰谷さんが藤の枝を掲げ稽古に励む姿はたどたどしくはあっても初々しさがあった。

 ――「少女性」はみたい。

 私から刀禰谷さんへ。サイクルは回りはじめている。

 ――少女同士の想いも。

 女学校時代からこの学校で育まれ続けてきたものだろう。コラボに重ねられたというこの学校の歴史も少女同士の関係を描いたものだという。

 ――刀禰谷さんの想いは。

 髪への口づけがなくてもいずれ気づいていたことだろう。

 ――私も変わった。

 ハグという文化も知らなかった私が今では同性の体温を求め、肌の香りで胸いっぱいにし、鼓動を感じようと抱擁をきつくする。

 正直、戸惑いでいっぱいだ。異性に恋をしたことがない私が同性から寄せられた好意に気づいたからといって、同性愛者である自分を発見するかといえばそう都合良くは行かない。

 図書室には思春期のセクシャリティについて解説された本がたくさんあった。同性愛もののフィクションも。授業でもディベートという形で論じ合ったりもする。同性愛、同性婚、マイナー・セクシャリティ。トランス・ジェンダー。様々な立場をロールプレイする実習だ。私自身のこととなるとどう考えて良いのか途方に暮れてしまうのだけれど。

 ――刀禰谷さんはどうなんだろう。

 彼女は同性を恋愛対象にする人なのだろうか。性愛の対象として私を選んだのだろうか。

 ――たぶん、違う。

 刀禰谷さんもまた戸惑っているようだった。彼女自身の好意が何から発しているのかわからないまま、私に向ける視線に熱が籠もることに困惑しているように見えた。「友達」という言葉をよく使ってもいた。まるで自分が恋などしていないとでもいうかのように。

 ――それはそれで、癪だ。

 スキンシップを濃くしてみれば思った通りジレンマに陥る刀禰谷さんを見ることができた。

 恋愛する人々はいったいいつ自身のセクシャリティを自覚するのだろう。知識を得、自分に問いかけるだけではっきりとわかるものだろうか。異性愛者だという自信は、同性愛者だという確信はどこからともなく降ってくるものだろうか。試してみないとわからないものだろうか。試してみてもいつまでたっても定まらなかったりする人や時間の経過で変化していく人はいないのだろうか。

 私は十五だった。

 同じように刀禰谷さんにも悩んで欲しい、と思う。揺さぶってみれば、自覚すれば、部活動の問題を解決するようにこの不安定な感情にも正解を見出してくれる気がした。

 私は状況を鮮やかに変える刀禰谷さんの手腕に惑わされていたのかもしれない。彼女を魅了した自分の芸に振り回されはじめていたのかもしれない。

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