第37話 物語、現る

「テーマは『少女性』で行きます」

 五月二週目の打ち合わせで阿知良さんが台本を配りながら言った。ホチキスと製本テープで仕上げられたシナリオは叩き台と称していたけれど綿密に仕上がっているように思えた。

「合唱部にはシナリオに沿った曲を作ってもらいます。歌詞はこれから未明ほのかが一緒に作ります」

「それはいいですけれど、阿知良さん、負担が大きすぎないですか。絵コンテも阿知良さんがやるって」

「漫画原作力向上のトレーニングでもあるからね。夏休みには練習に入れるよう仕上げるよ。――南畝さんと松里さんと合唱部には手伝ってもらわないといけないので予告通り時間を取らせてもらいます。月華さんはシナリオからアクセントになるシーンのイメージボードを追加でよろしく」

「衣装の手配は月華さんと私の担当でいいですか?」

 全員の頷きが返る。松里さんが台本を振って発言を求めた。

「ボクは? 演奏シーンは三つあるしお話も書いてあるけど何を弾けばいいのか書いてないよ」

「ストーリーに沿った選曲を松里に頼もうと思う」

「いい曲はいっぱいあるんだけど」

「変奏や独自曲、即興でもいい。合唱は唯一言葉で物語を担うが観客には断片しか見せない。ぱっと見前衛だね。三味線パートは音に関しては実質君のソロライブ。ぶっちゃけると、三味線の曲は未明ほのかには作れない。聴いてみてNGかGOを出すのが精一杯なんだ」

 阿知良さんはそこで言葉を切って松里さんに視線を注ぐ。

「……わかった。ボクのシャミは我儘だよ。好きにさせて一人舞台になっても後悔しないでよね。――ね、月華さん、人形の顔もいっそボクにしない?」

「仕上がりによってはね」

「そうこなくちゃ。南畝はボクの音を演じられる?」

「左手は大まかにを真似るので精一杯かも。右手は――頑張ります」

「リズムと呼吸が合わないと、台無しだよ」

 南畝さんは頷き、阿知良さんに向けて質問する。

「あの、このシナリオ、『壇浦兜軍記』が元ネタですよね?」

「そう。失敗するよう仕組まれた演奏に主人公が挑む。恋人を思って。もうひとつ学校うちの戦前の歴史も重ねてる」

「南畝さん、『壇浦兜軍記』って?」

「正しくは『壇浦兜軍記』の中の『ことぜめ』という部分です」

 平家の落武者の愛妾であった遊女に責め苦を与え武者の行方を白状させようという話なのだという。

「その責め苦というのが楽器を弾かせて、音が乱れたら行方を知っているのにを切っている証となるというものなんです」

「雅だけど無茶苦茶」

「遊女といっても傾城――最高の教養を持ち、正妻と妾の区別もはっきりしない時代の元貴人の愛妾です。水責めなどもした話ですが並の罪人とは扱いが違ったのでしょう」

「動揺せずに楽器が弾ければ疑いが晴れるの?」

「元の『阿古屋の琴責』ではそうなのですが、阿知良さんのシナリオでは知っていながら心揺さぶる演奏をしてのけ、愛人が逃げ延びることを願う話ですね」

「松里ちゃんはその『心揺さぶる演奏』を期待されてるわけだ」

「少し気になるのは、阿知良さんのシナリオが暫定なことです」

「第一稿だし」

「そうなのですが。このシナリオの中のキャラ、私たちのような気がします」

「そりゃヒロインは南畝さんでしょ」

「いえ。私と刀禰谷さんの性格を反映しているような」

「私? どのキャラが?」

「ヒロインと横恋慕する悪役の岩永とヒロインの思い人・かげきよですね」

「三人?」

「ええ」

 南畝さんは最近また見せるようになった感情の窺えない笑顔を向けてくる。

「でも、なんでそれでシナリオが暫定なのが気になるの?」

「刀禰谷さんが一番おわかりのような気がしていました」

「へ?」

「独り言です」

 釈然としないまま次の話題に移る。

「で、今回お招きした合唱部さんなんですが」

 阿知良さんのシナリオにはすでに織り込まれていて既成事実のようになっていたけれど参加の是非はまだコラボメンバーたちの了解が取れていなかった。

「技術は素晴らしいのですが問題があります」

 南畝さんと松里さん以外は全員事情を知っているようだった。月華さんが頷いてみせる。

「統率が取れてないって話でしょう?」

「はい」

「文化祭までになんとかしてもらえばいいわ。ねえ、乙部おとべ

「そのつもりだ」

 ねっとりとした月華さんの口調に対する合唱部部長の表情は冴えない。

 ――これは要フォローかな。

 部をまとめられなかった場合の善後策くらいは立てておいた方が良さそうだった。

 ――受け入れてもらえるなら、相談も。

 この学校にはスクール・カウンセラーがいる。心理面に強い養護教諭も。より大きな問題にはスクール・ソーシャルワーカーを頼ることもできた。大仰な肩書きが苦手な子には隣接する教会のシスターだっている。生徒会執行部はそんな大人たちと生徒の架け橋だ。

 仕事を見つけた私に気づいたらしい南畝さんが感心したように言う。

「刀禰谷さんは細やかに周りを見る人なんですね」

「南畝さんのこともしっかり見てるよ」

 おどけて見せたけれど曖昧に首を傾げられてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る