第36話 ちぐはぐな合唱部
翌日、訪ねてみた合唱部は最低だった。
下手というわけではない。部員は四人。それぞれが豊かな声量を持ち、技量も高く、個性が際立つ歌い手ばかり。なのに彼女ら四人には調和がなかった。全員がソリスト志向らしくばらばらで、協調の意図が見えなかった。
――なんだこれ。
同行した阿知良さんと顔を見合わせる。部員数が減って低迷しているのは知っていたけれど理由がよくわかった。五年生の三人の仲が明らかに悪く、最上級生の部長が一人で間を取り持とうとしているらしい。こめかみに指を当て禅僧のようなポーズで悩んでいた阿知良さんが顔を上げる。
「えっと、部長さんと茶髪ロングさんで歌ってみて」
二小節程で中断の指示が出たけれど一音目からきれいにハーモニーを生んだ。
「……じゃ、部長さんとポニテさんで」
やはり呼吸も音程もきれいに揃い、声同士が響き合う。もう一人にも同じことを指示するとやはり同じことが起きた。部長とひとつ下の誰か一人の組み合わせであれば問題はないらしい。
六花館の喫茶室に場所を変えた私たちは紅茶を前に大きく息を吐く。
「なんなんでしょうね、あれ」
「運営に失敗したハーレム」
「は?」
「五年生が三人とも部長の信奉者なんだよたぶん。あの部長の寵を争って五年生同士で仲が悪い。そんなとこじゃない?」
「はあ……。それであれですか」
「思いつきだけどね。調和を生むにはたぶんひとつ手があって」
「なんです?」
「部長が引退する」
「部そのものが瓦解しませんか」
「憑き物が落ちたみたいになるんじゃないかな。部員がいないのは五年生三人の対立のせいだろ。あの部長、三人全員に手を出したんじゃないか」
紅茶を啜ろうとしていたタイミングで噎せそうになる。
「なんですか手を出したって……」
笑って鼻の下に鉛筆を挟んだ阿知良さんは足を投げ出して伸びをする。
「あの部長の即興は良かったし五年生の歌もそれぞれは良くて捨てるには惜しい」
「……四声じゃなくて二声はどうですか」
「部長に誰か一人を選ばせるって? 拗れるだろ」
「いえ。四人全員に歌ってもらいますが同時には二声までにするんです」
「さすがに生徒会の陰謀眼鏡。悪魔的だな。これ以上にないくらい競い合うだろうよ」
「褒めてます? それ」
「もちろん。いただき、と言いたいけど……」
「人数欲しいですね。部長が歌ってたみたいな感じだと」
「だよな。四人でも少ない。どうにかしてあの拗れた四人からハーモニーを引き出したい。どうしたらいい?」
「うぅん。五年生同士で仲直りしてもらうか、求心力を部長一人から音楽そのものにシフトしてやればいい、でしょうか」
「だよなぁ。ただそいつは」
「言うが易し行うは難しですね」
合唱部の状況が芳しくないことは知ってはいた。部員がまとめて脱退し、全日本合唱コンクールへもNコンへも参加しなくなったのが二年前。
――良い機会かも。
合唱部部長のコラボへのアピールはあのばらばらな部を救いたいという助けを求める声だったのかもしれない、とふと思った。
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