第35話 最後のピース
阿知良さんの言葉が途切れたところで向かいの席の生徒が急に存在感を増した。水を飲んで立ち上がり大きく息を吸ったその人はこちらにはっきりと視線を向けていた。口が開き、食堂を声が圧する。喧噪が消えた。響いたのは――
夜の石畳/踊る人形/アンモナイトが見守る
開かない下駄箱/消えた生徒たち/十字架の丘
意味を成していないかに思える単語の羅列が実はこの学校と生徒たちを示すものだとわかった。通路では食器を下げに立っていた寮生の一人がトレイを掲げながらバレエのステップを踏み始める。声量は食堂を満たし、踊る子が食器の返却カウンターにトレイを置くのに合わせてぴたりと止まった。食事を中断し息を呑んでいた生徒たちが一斉に歓声を上げる。浴場で、洗濯室で、中庭で、誰からともなくはじめられるダンスが、歌が、聖書の詠唱がこの少女の園の日常だ。
――この人は。
歌い終えた人は立ったままグラスの水を飲み干し、私たちに向かい笑って見せる。口元にはケチャップがついていたけれど。
「合唱部をよろしく」
一言だけ残し去って行った。
「あれだ!」
頬に血を上らせた阿知良さんが拳を握りしめて呟く。私は首を傾げる。
「あれ、って今の合唱部ですか?」
「そう。今、三人しかいないんだっけ?」
「四人ですね」
人数が減ってしまったせいでここ数年、コンクールの類とも縁がなくなっていて、それがさらに入部希望者を減らすという悪循環に陥っていた、と生徒会の知識を思い出す。
「今のコラボの顔触れ」
「はい」
「三味線はいても太夫はいなかった」
「ですね」
「義太夫節を女声合唱で代えよう」
「合唱……。松里さんの三味線と合いますか?」
「合わせない」
「はい?」
「松里の三味線はソロでないと意味がない。物語はミュージカルで三味線はカデンツァ。ちぐはぐだけれど南畝さんの演技が繋いでくれる」
阿知良さんは決然と立ち上がり、残ったグリーンピースを私の皿に移してトレイを下げ、食堂を出て行った。
「最後のピースが見つかったんですね」
「
乙女文楽はさらに姿を変えていきそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます