第34話 シナリオ

 校内VTuber番組は大きな反響があった。

「こんばんは、トニィ、能面さん」

 番組の配信以来、私たちはそう声をかけられることが多い。寮の食堂で南畝さんと並んで夕飯を摂っているところだった。

「阿知良さんまでその呼び方」

「シナリオの方はいかがですか?」

「うん。もう少し材料が欲しい」

 彼女は南畝さんを挟み並んで腰掛けるとオムライスにケチャップで器用に絵を描き始めた。人の顔らしい絵柄にぎざぎざの口が描かれたところで覗き込んでいた南畝さんが訊ねる。

「ガブですか?」

「そ。あれ、面白そうで使いたいんだけどどうなのかと思って」

「どう、と言いますと」

「使える演目が決まってたりする?」

「決まりはないですが、使い所は限られてます。有名なのは清姫でしょうか」

「うん。あと、検索で出てきたのは『四谷怪談』。志村けんもなんでかヒットしてきてなんでって思ったら見事にガブだった」

「あと思いつくのは『女殺油地獄おんなころしあぶらのじごく』や『壇浦兜軍記だんのうらかぶとぐんき』ですね」

 私も二人の会話に加わってみる。

「ダンノウラって那須与一なすのよいち?」

「惜しいです、刀禰谷さん。夏休みには古典の座学、やりましょうね」

 やんわりとNGが出された。

「琴を弾くシーンがあるやつだっけ?」

 阿知良さんが教養を見せる。

「そうです。罪を問うために無理難題の演奏を押しつける」

 阿知良さんは自分で描いたケチャップの牙に沿って器用にオムライスを二分し食べ始めた。

「琴責めか。うちでもおかみと揉めた話があったっけ」

「戦前の駆け込みですか?」

 学校の歴史の話であれば私の出番だ。

「そう。ふむ。月華のイメージ・スケッチには合いそうだな。琴はいないが三味線はいる。南畝の観客を縛る演技もある」

「すごいでしょう、南畝さん」

「なんでキミが得意げなんだ。まあいい。――文楽、人形劇で南畝のあの演技が可能だというのは示唆的なんだ」

 漫画の原作で世に出た阿知良さんには乙女文楽と重なる部分を感じるらしい。

「平田オリザという演劇家がいて」

 阿知良さんが話し出す。

 ロボット演劇も手がけるその劇作家は、演技の精確さと練習の重要性を説くという。厳密に呼吸――タイミングを合わせさえすれば、演じるのは機械でも問題がなく、ロボットと共演した人間の俳優も、観客も機械の演技に『命』を感じるのだ、と。

「人形劇にはこのロボット演劇の話、切実だろう?」

 南畝さんが頷く。

「乙女文楽も他の演劇以上に演出の要求する厳密なタイミングを安定して発揮できるようにしないといけないわけだ。つまり文化祭までに演出自体とそれを可能にする練習を積み上げる必要がある」

「たいへんだ」

「先行するライバルもいるしね」

「ライバル?」

「文楽と今時のテクノロジーの組み合わせはすでにボーカロイドがやってるんだ」

 丹念にグリーンピースを除けながらスプーンを口に運ぶ阿知良さんがスマホで動画を見せてくれる。襲名の人形遣いがネット動画で大流行したCGキャラクターと共演していた。

未明ほのかはこれ、面白いと思えない」

 阿知良さんの一人称は名の未明であるらしい。

 ひずんだ合成音声のボーカルと雅楽。襲名人形遣いの文楽人形とMMDミクミクダンス風の3Dモデル。サイケデリックな背景効果。明らかに優れた映像。何もかも質は高く新しいことをやってもいるのに宣伝用の短縮版を見終える前に飽きてしまった。テレビ布袋劇の方がずっと面白い、と内心で阿知良さんに同意する。

「未だに女の人形遣いを拒むような伝統に、おくれは取れない。呼吸も仕込めていないMMDじゃ最高の人形遣いが泣く」

 思わず見つめてしまうような言葉がシナリオ書きの口からこぼれる。

「高校生の遊びだし、国や大企業をスポンサーにし襲名人形遣いが演じるみたいなクォリティは無理だけどうちらならボカロのキャラに媚びなくても少女を魅せるものが作れると思う。君の、強引にでも観客を掴む演技と一音で聴衆を釘付けにする松里の三味線なら」

 南畝さんが笑む。

「それが見えるのですね」

「刀禰谷が予感したものに未明が形を与える、かな。今の会話でかなりイメージが纏まってはきたが、あと少しのピースでパズルが完成しそうな気がする」

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