第5話 ルームメイト:人形仲間
「お茶、飲む?」
課題と予習を済ませ二段ベッドの上段にいるルームメイトに声をかけると「飲む」と短い応えがあり、紅茶を淹れて戻ったところでお菓子の用意が整っていた。
「ダージリン?」
「ビンテージ」
「あたし、あんたの用意してくれる紅茶は好きだ」
「左様で。T社のリーフティを常備しているのだけが取り柄の女です」
「機嫌、いいな」
「わかる?」
ルームメイトが肩を竦める。いつもながら彼女の機嫌はあまり良くなさそうだった。
「後で友達と例の人形劇番組を観るんだ」
「友達?」
「見栄を張りました。友達候補の〝能面さん〟」
私は今日も報告する。〝能面さん〟の名が判明したこと。乙女文楽という部活をやりたがっていること。布袋劇番組を一緒に見てくれること。
「初めてまともな友達が作れそうな予感がするよ。正直どういうのが友達なのかよくわからないんだけどね」
「あんた、生徒会長より顔が広そうなのに、コミュ障だもんな」
「コミュ障でも仕事はできる」
「ぼっちもあたしだけか」
にひ、と笑ってみせる。
「悪いね」
「まだわからん。友達ってのは相手あってのものだろう」
「まあね。でも、南畝さんとは仲良くなれる気がする。仲良くなりたい。是が非でも」
「浮かれてるあんたは珍しい」
「南畝さんは友達いるのかなぁ」
「そういえば寮でも校舎でも見かける時は一人か」
「外部入試組だからってのもあるけど。芸事まっしぐらで――」窓を開けるとこの春になってから時折耳にする三味線と義太夫節らしい音が流れ込んできた。「――学校でも寮でもこうだと馴染めないよね」
「かもな」
「だからさ、今なら彼女のここで一番最初の友達で、一番の友達になれるんじゃないかなって」
「はっ。下心かよ」
ルームメイトが笑い、まあね、と私も苦笑を返す。
「でも、どうしても友達になりたいって思っちゃったんだよ」
学生時代の友達は一生の友達になり得る、という話を大人から聞かされることがある。仕事仲間とは違う、とも。
――一生の友達。
私の憧れだ。
小さな頃に読んだ翻訳ものの少女小説ではアウトサイダーの主人公には決まって他の子とは違う「本物の」友人ができる。『赤毛のアン』のように大学に入る頃には気が合わなくなって離れてしまう現実的な話もあったものの、たいてい友情は永遠で年老いてからも親友であったり、遠く離ればなれになっても互いを大切に思っていたりする。
そんな物語の友情に私は憧れていた。
だからだろうか。「友達でしょ」と強いることのできる量で友情を計ってこちらの領分を侵したり、友情の証としてお手洗いに連れ立つような子を私は軽蔑してしまっていた気がする。
物語の中の友情が理想の作り物であることに気づいたときには私には友達の作り方がわからなくなっていたし、周囲も私を「友達へのアプローチを拒む子」と認識していた。生徒会執行部で大勢に接するようになったのは諦め悪く〝本物の友達〟と出会うことを期待していたからかもしれない。
本土からやってきた南畝さんは一度は諦めたはずの〝本物の友達〟かもしれないという予感をもたらしていた。
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