第16話 部活紹介:PC部

 翌日、南畝さんを見学に連れて行ったのは『PCパソコン部』だった。

「PC部って何をしているんでしょう。プログラミングですか?」

「その時々で違うことをやってて説明できないかも。パソコンを使うことなら何でも。電子工作もやってるよ」

「電子工作……」

「CGの人形でトーク番組をやるとかも」

VTuberブイチューバーですか?」

「そうそれ。あと、パソコンの中だけじゃなくて、機器と組み合わせて色々やってる」

 クラブハウスの鉄の扉を叩く。応答は学内メッセージ・ツールの方に来た。『come in』だ。

「お邪魔します。あぁ、もう、ここはいつきてもおたくの巣だな」

「生徒会の回し者め。何の用だ」

「回し者ではなく執行部当人です」

 ヘッドマウントディスプレイHMDを被ったままの生徒がこちらを向く。もう一人の生徒もやはりHMDを被り部屋の奥でコントローラーらしきものを手に踊っているように見えた。要件を伝える前にこちらを向いた一人が声を上げる。

「乙女文楽部(仮)カッコカリ部長とご一緒か」

 紹介するまでもなくそう言い当てる。VRに部屋の様子が重ねられ複合現実MRになっていてそこに生徒の個人情報を引っ張ってきているらしい。

「PC部に学内システム触らせるのやっぱ問題ありそう」

「いやいや。何やら昨日は月華さんを陥落させたらしいな。次は我々か」

「耳聡いですね。南畝さんに優秀な部活を見てもらってるだけです。――月華さんとは違う意味で変人揃いなんだよ、ここは」

 戸惑っているらしい南畝さんに向けて説明を付け加える。

「ややっ。抱えているのは噂の文楽人形ですな」

「……ええ」

「是非、我々にも見せてもらえまいか。いや、演技まではなくていいので、どう動くのかだけでも」

 私は南畝さんに向かって頷いてみせる。カメラをこちらに向け据えていたPC部部長らしい人からは追加のリクエストが来た。

「ううむ。(仮)部長殿、申し訳ないが人形の頭と手足にこのマーカーをつけてもらえまいか」

「まーかー?」

「あの――」と私はパソコンの画面を指差す。「――VRに人形の動きを認識させたいんだと思う。人形をうまく区別できなくて目印がいるんだ、たぶん」

「さすがですな、生徒会の。――塗装を侵したりはしないはずなので」

 渡された蛍光ピンクの小玉を付けると3Dモデルとなって取り込まれた文楽人形が実物の動きをそっくり真似て動き始めた。

「おお。これは面白い!」

 PC部員のテンションが上がる。試しに、とこちらからもリクエストを出してみる。

「前にVRチャットでやってた花や星を散らすの、この3Dでできます?」

「もちろん。これでいかがかな」

 わずかな操作で文楽人形の指先が画面に星の軌跡を撒き始めた。動作によって画面の中での星の色や散り方が変わることに気づいたらしい南畝さんが、人形を操る動きでエフェクトを使い分け始める。それを見たPC部部長が新たなリクエストを出す。

「(仮)部長、試しに九字を切ってみてくれまいか」

「くじ?」

 りんぴょうとうしゃかいちんれつざいぜん、と言いながら縦横に剣印を切る仕草が示され、南畝さんが自信なさげに真似をする。とたんにCG人形の足下に魔法陣のようなものが現れ、次いで光線が乱舞した。

「おおっ。認識しましたな」

「面白いでしょ。こういうの、即座にやって見せてくれるのが今のPC部」

「すごいですね。刀禰谷さんのお好きな布袋劇みたいです」

「サンファンですな。拙者も好きですぞ」

 番組タイトルを愛称で呼ぶファンがこんなところにもいたらしい。

「そういえばPC部はこないだスクリーンの予算通したよね。なんだっけ。網戸?」

「アミッド・スクリーンですな」

「背景が透過するスクリーンですよね? MMDミクミクダンスイベで使ってたような」

「然り然り」

「そのアミッドに今のエフェクトを分離して、役者の動作に合わせて出せる?」

「舞台演出のイメージですな。もちろんできますぞ」

 VRヘッドセットを外した部長はそう言って天井から網戸にしか見えないロールスクリーンを降ろし、プロジェクターを灯す。部屋の照明が落とされ、奥とこちら側を仕切る網戸に映像が浮かび上がった。奥でヘッドセットをつけた子の動きをなぞる3Dキャラが可愛らしく動き回る。

 ――かなり文楽っぽい。

 同じことを思ったのかも知れない。南畝さんはHMDを被ったままの子と網戸スクリーンの像から視線を外さない。

「このキャラ、ついこの間、テレビで見ました」

「PC部の子が中の人なんだよ」

 南畝さんが目を丸くする。

「こっちの部長さんが3Dキャラ作ったり技術的なことを担って、あの子がDJというかアクトレスで」

 部長の操作で3Dキャラが消え、網戸にはエフェクトだけが表示された。生身のアクトレスの動きと演出が呼応しているのがよくわかる。

「スクリーンの背後にいる実体と共演させるための仕組みですな」

「演劇で部分的にこのスクリーン使ってるの見ましたよ、テレビで」

「うちも演劇部に売り込んでみたものの音沙汰なしですな」

「演劇部は今、新しいことする余裕なさそうです。PC部はやらないんですか? あれ使った出し物」

「うちの部員に人前に立てる者はおりませぬ」

「彼女、堂々と踊ってるのに」

 部屋の奥でアクションを続けている部員に視線を向ける。

「我々はアバターの世界に生きているのです。生身で人前には立ちかねる」

 微笑んだPC部部長の頬には片えくぼが浮かぶ。ちらりと南畝さんを窺うとやはり同じようにこちらを窺った気配があって、駄洒落は飲み込むことにした。

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