第15話 部活紹介:不安
顔を洗って一息入れた南畝さんが不安げな視線を向けてくる。
「大丈夫でしょうか」
「大丈夫って?」
「月華さん。怒らせてしまったのではないでしょうか」
ううん、と私は首を振る。
「あれは怒ったんじゃなくて、やる気になったんだと思う」
「そうなんですか?」
「まあ、私には怒っていたかも」
「私、月華さんとぶつかるのでしょうか」
「それは南畝さんが選べるよ」
「選ぶ……」
「月華さんの人形を見てもらったのは南畝さんの選択肢を増やしたかったからなんだ。月華さんだけじゃない。今のこの学校には手の届くところにあんな人が幾人もいるってね」
「…………」
「南畝さんは月華さんの人形を見て、どう思った?」
そうですね、と南畝さんは虚空を視線で辿る。
「欲しい、って思いました」
「私は南畝さんの演技を見て、一番に月華さんの人形が思い浮かんだよ。二人が出会えば何かが起きるんじゃないかって。ううん。二人だけじゃない、何かを作りたがっている子たちを集めると面白いものが現れるんじゃないかって」
「刀禰谷さんはプロデューサーっぽいですね。策士みたいです。布袋劇番組の白髪の彼のよう」
「策なんてないない。ちょうど私、学校のこと、生徒のことに少し詳しかっただけで」
南畝さんの表情は晴れなかった。
「刀禰谷さんは……」
「うん?」
「どうして私にそんなに良くしてくださるんですか」
私は眼鏡を直し笑ってみせる。
「南畝さんの乙女文楽を見たからに決まってる。それに、布袋劇、一緒に楽しく見てくれたの南畝さんだけだもん。絶対仲良くなれるって思った」
「でも、私、このままだと刀禰谷さんにお世話になるばかりの気がして」
「恩の売り買いはなし。そういう時はハグがいい。出会いからして熱い抱擁をもらったし」
「あれは、事故です」
「うん。おかげでガラスケースに頭を突っ込まずに済んだ。今更だけど、ありがと。あのときはお礼言い損ねてた」
「そんなの」
「つまりそういうこと。私にとって生徒会のスキルを使うのは『そんなの』なんだ。得意なことで貢献……というか好き勝手させてもらえると嬉しい。采配を振るうのが楽しいみたいな」
「やっぱり愉悦に興じる白髪の彼っぽいです」
テレビ布袋劇を引き合いに出す南畝さんはあまり納得が行っていないようだった。
「友人ってそれでいいのでしょうか」
「わかんない。初めて友達になりたいって思ったのが南畝さんなんだもん。って、なんか恥ずかしい話、してない?」
南畝さんがふっと表情を和らげる。
「刀禰谷さん的には友人はハグなのですね」
「え? うん。そういうの、憧れてた」
「そうなのですか。では――」
南畝さんが私を抱き寄せる。
「えっ。わっ?」
「さっきのでは足りていなかったでしょう?」
耳元で囁かれて私の口から間の抜けた声が出た。
「ハグも存外楽しいものですね」
重ねて囁かれるアルトに膝がくじけそうになる。その気配を察したのか「あら」という呟きとともに背に回されていた南畝さんの手がウエストを引き寄せる。
「ひゃ――」
私の口からおかしな声が漏れた気がした。
「のっ、南畝さんっ」
「女の子っていいですね」
強まる抱擁は冬服越しであっても十分すぎるほどの体温と柔らかさを伝えてきた。私を支えた手が背筋をついと動き、膝の力が抜けそうになる。
「ぎゃっ」
「男の子同士だと乱暴になっちゃいそうですし」
「ま、待った」
「はい?」
「南畝さんのハグ、ちょっとハード」
「苦しかったですか?」
南畝さんが不本意気に自身の手のひらを見る。
「苦しくはないけど。その……恥ずかしくなってきたよ」
「ふふっ。喜んではいただけてるんですね」
「ええっ?」
「刀禰谷さんが何か頑張ってくださったときにハグをすれば、刀禰谷さんにも喜んでもらえて私も楽しいんです。WIN・WINってやつですね」
はっきり笑顔が見て取れる南畝さんを見て私は少し後悔する。
――ご褒美の種類を間違えたかも。
記憶にないくらい激しく心臓が暴れていた。友達とはこんなにも大変なものであるらしい。
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