南畝1
第21話 なぜ刀禰谷さんは良くしてくれるのか
なぜ刀禰谷さんはこれほど良くしてくれるのだろう。
乙女文楽と台湾人形劇――布袋劇という互いに理解しやすい趣味もあった。最初から互いに好感を持てる相手だという手応えもあった。
私の想像する生徒会は教師に便利に使われる組織で生徒一人一人に親身になるものではなく、生徒会執行部の役員が新設の部活に自ら参加してくれたのも意外だった。勧誘の言葉は口を衝いて出たというのが正直なところで、ちゃんと考えれば忙しいはずの刀禰谷さんを誘うのは無理な話だとわかっていたはずだ。
――友達が欲しかったと言うけれど。
刀禰谷さんはルームメイトとも生徒会の顔触れとも仲が良さそうだった。月華さんをはじめ、紹介してくれた「有力な部活」の面々とも気心が知れていた。彼女はもう十分に友達を持っていた。
――私と違って。
以前は、多くはなくとも友人と呼べそうな相手もいた。中学の半ばで乙女文楽の教室も学校も投げ出して引き籠もったことですべて失ってしまったけれど。仕切り直そうと逃げてきた先がここだ。
夕食後、寮の玄関ロビーでいつものように練習をはじめる。視線を感じて振り返ると階段の入口に例の三味線弾きの子が座ってこちらを眺めていた。彼女の、かつて仲違いをした子と少し似た刺々しさが苦手だった。
――この子にも嫌われてるのかな。
そう思わないでもなかったけれど、反発は感じても悪意はなさそうな気もした。
「こんばんは、松里さん。練習? ――あ、おぅい。南畝さぁん」
刀禰谷さんが階段を降りてきて、私を見つけた。
「松里さん、どう? 南畝さんの乙女文楽」
「ヘ・タ・ク・ソ」
「あは。厳しいね。でも、気になるでしょ」
三味線弾きの下級生はぷいと顔を背け、階段を上がっていってしまった。刀禰谷さんは機嫌が良さそうだった。
「あの子、本当に関心がなければ眺めてたりしないと思うんだ」
刀禰谷さんという人は生徒会の仕事が合っているに違いない、と思った。先ほどの疑問を投げかけてみる。もう二度目の問いだ。
「刀禰谷さんはなぜ私に良くしてくださるのでしょうか」
「なんでって。ドールを褒めてくれたから? 違うか。乙女文楽の演技に痺れたから、なのは間違いないんだけど」
私の疑問は解消しない。
「うぅん。どっちも違うかな。私がさ、南畝さんを舞台に立たせたいんだ。ここで一番に南畝さんを見つけたのは私で、私の手でここの生徒たちに、もっと多くの人に『こんな素敵な子がいるよ』って自慢したくなったんだよね。なんての、『私の南畝さんをもっと見て』みたいな?」
少しくすぐったい。
私の演技をこんなに気に入ってくれたのも、舞台の手応えを教えてくれたのも彼女だった。
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