第14話 部活紹介:月華工房

「『月華工房』」

 文楽人形を抱えた南畝さんがドア・プレートを見て呟く。

「この部屋はね、窓から金髪の女が身投げするって噂があって」

「噂の多い……」

「人形が降ったのは事実らしいよ。あと美しい髪を持った娘が誘い込まれて髪を奪われるとか、誰もいない部屋で人形同士がしゃべっているとか、命を吹き込んだ人形を殺して楽しんでるなんて話もある。月華さん自身が元々は人形で、生徒の魂を糧にして命を得たなんてのもあったかな」

 訪れたのは寮の最上階にある月華さんの作業場だ。軽くノックをして応答を待つ間、南畝さんは自身の長い髪を気にしていた。

 Дожадуйстаドジヤドゥイスタ、と声が返る。

「お邪魔します。うわ、前より酷くなってる」

「わぁ」

 ベッドやクローゼットのない作業部屋は広く、頭上に張られたロープには人形の部品が連なる。遮光カーテンの引かれた部屋は暗く、作業机だけが光に満ちていた。広がる髪がデスクライトの光を受けランプシェイドのように周囲を染める。

「文楽だっけ? 見せたいものがあるなら好きにして」

 作業する手を止めない月華さんが顎をしゃくる。

 ――ま、そういう人だよね。

 私は頷き、勝手にやろう、と南畝さんを促し示された壁際を即席の舞台にする。照明を軽く整え、覚えのあるシーンが始まる。扇子を使う舞いのシーンだ。

 ――やっぱり素敵だ、南畝さん。

 時折視線を投げかけるだけだった月華さんの顔がはっきりと上がったのは南畝さんが最初の見得を切ったシーンだった。演技が進むにつれ人形師の手は完全に止まり、引き込まれていくのが手に取るように伝わってきた。

 ――やった!

 期待していた通りの反応だった。

 月華さんは難物だ。理でも情でも他人のために動くところを見たことがない。ただひたすらにやりたいことをする気まぐれな人だった。一方で彼女は何ひとつ強いることなく動かせもした。興味を掻き立てさえすればそれで済んでしまう。生半なまなかなものでは興味を持ってもらえないけれど、南畝さんの演技なら、と。

 月華さんを南畝さんの乙女文楽に巻き込みたかった。

 演劇自体わからない。伝統芸能もさっぱりだ。南畝さんの演技だって完璧じゃない。ただ、彼女には華と呼んでいい何かがあった。それは特に動きに緩急がつく、見得を切ったあたりに現れる。ネット動画では見て取れなかった舞台の息吹が、乙女文楽の伝統にはないだろう彼女だけの何かがあった。

 月華さんはそんなものに弱い。

 少女をモデルに少女の人形を作る少女が月華さんだ。不吉な噂を纏うのもゴシックという少女の夢に相応しい。幼く見えることも、エキゾチックな顔立ちも、金色の髪もすべて彼女が少女であることを際立たせている。

 少女という記号の塊だった。

 そんな月華さんの前に、私は南畝さんを引き出した。南畝さんと月華さんの二人が出会えば何かが生じないはずはない、と。

 南畝さんの演技が終わる。

「……刀禰谷」

「はい」

「くたばれ」

「気に入りましたか」

「のうのうと。あんたのせいであたしの卒業制作のスケジュールが狂うことになりそう」

「それは重畳」

 お気に入りのテレビ布袋劇で覚えた言い回しを使ってみる。月華さんが、ふん、と鼻で笑って応じた。

「で、あたしは何をすればいいの? 木偶でくを一体丸ごと作らせたい?」

「いえ、まったく何も決めていない状態です。乙女文楽部も昨日作ったばかりで活動方針もまだ白紙」

 ちっ、と舌打ちが返る。

「シナリオも配役も上演の舞台も?」

「はい。まったく」

 青い瞳が怒りの色を帯びる。

ですって? それでわたしに関わらせるつもり? いい度胸だわ」

「月華さんはこちらでレールを敷いてもどうせ壊しにかかるでしょう」

「これだから生徒会は。たちが悪いったら」

 いいわ、と月華さんが息を吐く。

「言っておくけど、文楽のままならあたしの人形の出番はないわ」

「今は、南畝さんのやりたいことと月華さんのやりたいことが違っていてもいいんです」

「刀禰谷のやらせたいこととも?」

「もちろん。月華さんと南畝さんが出会えば影響を与え合わずにはいられないでしょう」

「……わかった。宣戦布告というわけね。わ」

 椅子を降りた月華さんは爪先立って南畝さんと向かい合い、頬を両手で挟んで覗き込む。

「乙女文楽のあなた。南畝だっけ? あたしとぶつかって壊れても知らないわよ」

 人形師の指が粘土の形を変えようとするかのように南畝さんの顔をなぞる。見ているこちらの鳥肌が立った。私は南畝さんの手を取り、会話に割り込む。

「そんなことには、私がさせません」

「ふうん?」

 月華さんが私と南畝さんを交互に眺め、取りあった手に視線を走らせ唇の端で薄く笑う。

「何かを思いついた気がするわ」

 それきり月華さんは机のノートに向かって熱心に書き物を始めてしまった。南畝さんと私は顔を見合わせ、舞台を片付けて部屋を後にした。

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