第8話 布袋劇語り

 その週を使って南畝さんと一緒にテレビ布袋劇のシリーズを楽しんだ。劇場版まで見終えた土曜の午後は私の部屋でお茶会だ。

「人形劇でもカメラ前提だとここまでできるんですね。面白かったです。乙女文楽についても考えさせられました」

「身近にファンが見つからなくてほんと寂しかったんだよ」

「私が知らなかっただけで人気番組なのかと思いました」

「人形劇自体が日本だと流行らないもんね。幼児向けのを時々テレビでやってるくらい? 文楽は中学の時、学校で見学に行ったけどぜんぜん覚えてない」

「私も中一の鑑賞会で舞台を見ました」

「それがきっかけで乙女文楽をはじめたの?」

「いえ。見学に行った時ではなく、しばらくして参加した講習会ではまっちゃって」

「そっかぁ」

「もしかして、乙女文楽、ネットで見てくれました?」

 思案顔で問いかけてくる南畝さんも可愛らしかった。

「うん」

 私なりに乙女文楽というものを調べてはいた。ネットにあった上演動画も見た。生の演劇ということもあるのだろう、録画で見てもぱっとしなかった。

 文楽では人形を三人で操るのに対し、乙女文楽は一人で一体の人形を操るらしい。文楽というと黒子が人形を操るイメージだけど乙女文楽では人形遣いは顔を隠さない。「づかい」というそうだ。一人ひとりづかいの出遣いであることと女性が操るという二点が乙女文楽の独特なところらしい。

 動画の文楽も乙女文楽も昔ながらの演目で、人形版の歌舞伎や能と変わらないものに見えた。物語は「太夫」と呼ばれる語り手が担うのだけれど上方言葉は聞き取ることが難しく、画面の端に出る解説字幕も外国語同然だった。

 そんな私の表情を読み取ったらしい南畝さんが声を立てずに笑う。

「あまり面白くなかったでしょう」

「……うん。正直、お話がまったくわからなかった。ごめん」

「実はですね」

「うん?」

「私もちんぷんかんぷんなままはじめました」

「そうなの?」

「人形のお芝居に魅きつけられたんです。操る人が丸見えなのに、芝居がはじまった瞬間に人形しか見えなくなって。めりはりがあって、繊細な表現もできて。生身の人のお芝居とは違うのですが、違うところに人らしさがあるというか」

「動画だとわかりづらい体験かも」

「あと、人形。実物を見るとね、美しいんです。衣装も華やかで」

 人形そのものの話であれば私にもできる。しかも、とっておきのネタがあった。

「そう、それ! 実はね、見せびらかしたいものがあるんだ」

「何でしょう?」

 クローゼットから引っ張り出したのは高さが一メートル近くある箱で、じゃーん、と声でつけた効果音とともに被せてあった布を除く。

「嘘っ!」

 反応はばっちりだった。

「どう?」

「どうって。ね、これ。あの番組の人形? なんで持ってるの?」

 すごいすごい、を繰り返す南畝さんはいつもの落ち着いた彼女とは別人のようで嬉しくなる。

「あは。撮影に使われた実物じゃなくてディスプレイ用のレプリカだよ」

「そっか。そうですよね。手を差し入れる場所もないし。球体関節ですし。びっくりしました。今はこういう人形も手に入るんですね……」

「完全予約の限定で抽選までして外れた公式グッズ」

「外れたのに?」

「悔しくって台湾での販売を見つけて買い付けてきました。学校も休んださ」

 値段を口にしてみると南畝さんの目がさらに丸くなった。

「刀禰谷さん、もしかしてお嬢ですか?」

「どちらかというとうちは成金かな」

「羨ましいです。こんなにも細工が繊細で。装身具も衣装も素敵。虫眼鏡を持ち出したくなります。刺繍はアヤメ……花菖蒲かしら。椿の花心がパールなのも心憎いです。アップにも耐えられるのも納得です。映像だと何気なく綺麗だって感心しちゃうけど、この作りなら値段も高くないですね。手作りですよね?」

「撮影用の人形を作ったのと同じ人たちが作ってるって」

 南畝さんが盛大に溜め息を吐く。

「これだけ繊細な作りなのに投げたり転がしたりのアクションをさせるんですね」

 ケースに齧り付くように覗き込む姿に提案する。

「抱いてみる?」

「いいの?」

「人形だよ。手に取って楽しまなくちゃ」

「……手、洗ってきます」

 そそくさと廊下に出て行く後ろ姿に滲ませるテンションの高さは〝能面さん〟というあだ名が的外れであること教えてくれた。戻ってきた彼女はなぜか制服に着替えていてマスクまで着けていた。

「お宝鑑定番組かいっ」

 ツッコミを入れてみたけれど人形を手にした南畝さんは緊張しきっているのか能面そのものだ。

「南畝さん、マスクを外そう」

「?」

 これ、とスマートフォンを掲げてみせる。制服姿も好都合だ。色白の彼女は黒い制服がよく似合ったし華やかな人形を抱く姿も絵になった。人形に頬を寄せた彼女に向けてシャッターを切る。ついでに、と私も人形を挟んで並び自撮り。

「南畝さん、この人形とちょっと似てる」

 そう言ってみると彼女は人形に髪型を合わせ房の一部を手で括ってくれた。

「こうかな。どうですか?」

「お揃い、めっちゃ可愛い。これ付けて。これも」

 人形と揃いの装身具を次々と引っ張り出す。台湾行で仕入れてきたグッズが日の目を見るとは思いもしなかった。

「すごく似合う、南畝さん。衣装も一式買っておけば良かった」

 人形を撫で、抱き、香りを楽しんでいた南畝さんは「堪能しまた」と言って名残惜しそうにしながらも人形を戻し、改まった態度で向き直る。

「あのね、私も刀禰谷さんに見て欲しいものがあるの」

「何かな」

 待ってて、と一言を残し彼女は再び部屋を出ていった。

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