第32話 コラボ議論

「あのさ、ボク、ここにいる意味あるの? ボクは文楽の三味線シヤミなんて絶対嫌」

 応じたのは月華さんだった。

「ねえ、松里。そういうところ。目の前で見たでしょう。はもう文楽じゃないわ。想像してご覧なさい。あたしの人形がこうして動くところを」

「え……?」

「わざわざ変える必要なんてないの。それでも誰かと出会えば人形も音も芝居も変容してしまう。今、見たわよね、工作部と南畝の出会いを。あんたはあたしの人形と出会ってないの。あたしもあんたの音と出会えてない。あんたはしょっちゅう人形を作れと言ってくるけれど、出会えていないのにどうしてあんたの人形が作れるの」

「月華さん……」

 気の強い松里さんが傍目にも泣きそうだった。

「乙女文楽部は伝統とか言ってたけど、ここにこうしてあたしたちを集めているという事実が、もうとっくに変わっていたってこと。違って?」

 釈然としなかったけれど頷かざるを得なかった。

「気に入らないのはこの状況を作り出しているのは生徒会の眼鏡――刀禰谷なことよね。なんであたしじゃないのかしら」

「この顔触れが校内にいる以上、出会えばこうなります。南畝さんの乙女文楽も、月華さんの人形も、松里さんの三味線も、何ひとつ枉げることなく生かして組み合わせたい。うちは――乙女文楽は、南畝さんが学んできたことはそのままに、秘めていた少女性という姿を現そうとしています」

「その少女性にしてもあんたが押し込んだんでしょう、どうせ」

「人を陰謀家みたいに言わないでください。月華さんの方こそ破滅的なアドリブはほんとお断りですからね」

「あたし、アドリブなんて利かせたことないわ。周りが勝手に壊れるだけ」

「壊れるのを止めたり助けを呼ぶ気もないくせに」

「あたし自身が溺れそうなのに、周りの面倒を見る余裕なんてないもの」

 月華さんと刀禰谷さんの棘だらけの会話の間に工作部が割り込む。

「生徒会の。我々は議論するために集まったのではない」

「そうでした。ごめんなさい。――月華さん、試作のヘッドがあるそうですが」

「頭だけじゃデモにならないわ。イメージ・スケッチでいい?」

「もちろん」

 ざっくりしたタッチのイラストの束が回覧されてくる。衣装や小物もデザインされていて月華さんの人形がどうやって作られるのかが垣間見える気がした。刀禰谷さんが不満げな声で訊ねる。

「人形遣いは南畝さんひとりでは? それに、この『眼鏡』って書かれているキャラは」

「どこかで見た気がするわね」

「『能面』が『眼鏡』を刺してるシーンに見えますが」

「そうなったら素敵じゃない?」

 ちっとも素敵ではない、と思ったものの周りの人々の反応は違うらしい。渋面を作っていたはずの刀禰谷さんまで心を動かされていそうだった。

 ――月華さんの人形をよく知っているから?

 テーブルを囲む皆が一瞬、不可解な信仰集団のように見えた。

 ――女子校だから?

 福祉と個人主義を謳うこの学校の生徒たちは私がこれまでに経験したどんな集団よりもバラエティに富んでいたけれど、高校からの外部入試生には理解できない暗黙の了解で結ばれていそうな気がした。

 PC部と工作部がスケッチと新造の人形を前に細かな話を始める一方で阿知良さんが小さなキーボード付きの端末を打ち始める。紅茶を啜りながら様子を眺めていると唐突にシナリオ担当の顔が上がった。

「南畝さん、松里さん。このシーンやってみて」

 松里さんと並んで画面のシナリオに目を通す。

「イメージ・スケッチの後の狂女の舞い……。『花筺はながたみ』っぽいのでいいですか?」

 何それ、というのは松里さんの問いだ。

「男の前に捨てた女が現れて狂女の舞いを見せる、お能の物語です」

「ふうん。で、ボクは何を弾くの?」

 じょんがらを、というのが阿知良さんの指示だった。

「花筺とかいうのでなく?」

「『花筐』はイメージとしては的確だけれど気にしなくていい。舞いと三味線だけの無言劇でとりあえず。ストーリーはあなたたちの頭の中にだけあれば十分。観客に純粋な演技と音だけを見せるつもりで」

 阿知良さんの要求は難しかった。具体的な動作の指示はなく、心情だけのシナリオだ。イメージ・スケッチの通りに恋人を刺した後の――ヤンデレというのだろうか、恋人への愛憎と己のものにしたことへの喜びを現せということらしい。心中もののクライマックスを念頭に芸の部品を組み合わせ、手持ちの技で舞ってみる。速く激しい松里さんの三味線は文楽とは勝手が違ったものの整数倍の拍と捉えれば合いそうだった。

 途中で阿知良さんの制止がかかる。

「OK。南畝さん、松里さん、ありがとう。ゼロから演技を立ち上げるとどうなるのか見てみたかったんだ」

「乙女文楽は技の基本部品の組み合わせで作られてます。私にできる演技の一覧、出しましょうか」

「それは助かる。是非に」

「ボクはストーリーをもらってもさっぱりだ」

「じょんがらも本来は歌詞があるよね。あの歌詞をストーリーに置き換えて音に反映させる感じで。これから書くシナリオでね」

「それシショーにもよく言われるやつっぽい」

「ストーリーから演技を立ち上げるのにはかなり時間を食うはずだよ、覚悟して」

「ボクは大会もあるんだけど」

「個人の予定優先でいいよね?」

 阿知良さんが刀禰谷さんに確認を取る。当然、とサムピースが返された。

「ならいい。やる。黴が生えたみたいな演奏させられるのかと思ったけどそうじゃないみたいだし。ボクだって月華さんに認めさせたい」

「PC部もやっぱり演出作りで時間をもらうことになるよ。工作部のメカはすでに完成度高いみたいだけど南畝さんからリクエスト出た時に仕様を変えてもらう可能性もある。そのつもりでいて。月華はスケッチのまま製作を進めて」

 次々と指示を出し始めた阿知良さんは世阿弥や近松門左衛門の役回りらしい。

 ――独自の演目をやるというのはこういうこと。

 一から作劇の手順を踏むことで伝統の演目がどう創られたのかの理解が進みそうな気がした。

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