第48話 通し稽古
その日の午後には二度目の通し稽古があり、コラボの面々は和やかに笑い合う私たちに拍子抜けしたようだった。
「今日の南畝は見違えたわねえ」
月華さんの明るい声に私は嫌味な笑顔を返す。
「おかげさまで」
「あともう一押ししていればイメージ・スケッチが完成したのかしら」
小柄な少女の青い眼は悪びれない。刀禰谷さんがにこやかに話題を引き取る。
「舞台で完成しますよ。完璧に」
「南畝さん、人形はどうだった」
工作部から急かすように質問が飛ぶ。月華さんの人形が完成し、軽量フレームと組み合わせようと招集された通し稽古だった。
「顎をもう少し引かせたいです」
「縦の回転軸を少し立てよう」
「エフェクトはもっと細やかに入れた方が良さそうだね。細かな演技を支える方向で。外連味は控えめにして」
「背景のスクリーンに人形遣いのブラー入れてみない?」
「人形を追尾するカメラも入れたい」
「前にスクリーン入れるとスポットが上下からのものに縛られるのはなんとかならないの?」
「スクリーンの正面から外れた席だとエフェクトもずれて見えちゃうね」
次々と話題が移り変わるのは皆興奮しているだからだろうか。
――手応えがあった。
シナリオと演技と合唱と演奏と。個別に擦り合わせてきたものが初めて纏まった形となっていた。
「南畝、少し演技を調整しよう」
皆の反応を見ていたらしい阿知良さんから提案が来る。
「月華の言う通り見違えた。驚いた。客席を掴んで振り回してる例の感じだが、あれ、緩急を付けられるか?」
「緩急……」
「シナリオ的にはこう――」と台本の白紙ページにグラフが描かれる。ボールがだんだんと強く跳ねるような右上がりのものだ。「――盛り上がるよう組んだつもりだ。今は最初の見得から客席を縛りつけっぱなしでこのあたりで客席の集中が薄くなってた。できるなら松里との最後のカデンツァにピークを持って来たい」
「やってみます」
「たぶん最初の見得は同じようにがっつり掴まないと手綱が取れないだろう。コントロールできなさそうならシナリオ側で客席が持つ尺に改める」
「確かに南畝の演技は縦ノリのライブみたい」
「思った」
「総立ちさせて手拍子で盛り上げるみたいなことなしにあの空気だもんね」
「あたし、あれで眼鏡をオトすとこ、見たわ」
ぱんっ、と扇を開いて余計なことを言い出しそうな月華さんを牽制する。
「おお怖っ」
月華さんはおどけて見せたけれど満足そうでもあった。
反省会も終了し、温室の丸テーブルには刀禰谷さんと私だけが残り息をつく。
「この通し稽古で、ひとつ見えてきたことがあります」
「私も」
にっ、と私たちは笑い合う。
「人形と人形以外の部分がずれてきました」
「まだ微妙な違和感でしかないけど」
違和感の源は私の演技だ。月華さんのイメージ・スケッチはまだコラボが動き出す前、私が乙女文楽の人形だけを遣っている段階で描かれたものだった。工作部のフレームは月華さんの計算にも含まれていただろう。けれどPC部のエフェクトが加わり、三味線と合唱が加わって演技も摺り合わせた。シナリオも当初のものとは大きく変わっていたしこれからも変わる余地があった。
「松里さんの三味線はまだ月華さんのイメージが濃いですけれど」
「南畝さんの演技に揺らいでる」
「エフェクトは演技に合わせて呼び出せるものですし」
「合唱も不条理な散文っぽいし。即興に近い柔軟性があるんだよね、月華さんの人形以外は」
一通りの形が出てくるのに一番時間がかかっていたのが人形で、その時差が見えてきていた。
「阿知良さんが言っていた呼吸の緩急も手に入れたいです」
私たちは共犯者の顔になる。
「月華さんを振り回して差し上げませんか」
「もう、手離れしたつもりで卒業制作に入ってるとかいうの、癪だよね」
「私たち、イメージ・スケッチのままに終幕したのではありませんし」
「合唱部を迷わせるわけにはいかないけど」
「松里さんは大きく変われそうな気がします」
「阿知良さんがシナリオを直したくなるくらいに?」
ジオラマが私の元に届けられていたのもコラボからの早々の離脱宣言のようで腹立たしかった。
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