乙女×文楽

藤あさや

刀禰谷1

第1話 出会い

「うっわ、まずぅ」

 スマートフォンの二度目の通知を黙らせ私は生徒会室に向かい走る。校舎を出て外廊下を抜け、水色の建物へ。一段抜かしで階段を駆け『Student Council』と札がかかるドアに飛び込んだ。飛び込もうとした。

 掴みかけたノブが私が触れる寸前に回って引き込まれ、手は空を切り姿勢を崩した目の前に人の姿があった。

 ――え。

 声にもならなかった。

 わ、と代わりに声を上げたのはドアの向こうにいた人物で、私はその誰かにぶつかり弾かれて近くに置かれていたショウケースに向かい倒れ込む。トロフィーの並ぶガラスのショウケースに。

 ――あれ?

 次の瞬間、ぐい、と腕を引かれた。らしい。何が起きたのかはわからない。気づくと私は床ではない柔らかいものの上に倒れ込んでいてすぐ近くから「いつぅ……」と声が上がった。

 顔を上げると間近で視線が交差した。開かれた瞳孔と珍しいくらい真っ黒でいっそ紫を帯びて見える虹彩が目の前にあった。

「わっ。ごめんなさいっ」

 慌てて身を起こし、下敷きにしてしまった相手に手を差し伸べる。

 ――あ、〝能面さん〟だ。

 彼女は春から入寮してきた同学年生で、表情らしい表情を浮かべているところを見ない・通称〝能面さん〟。正しい名前は知らない。散らした書類を拾いだした彼女に慌てて私も倣う。

「あら」

 〝能面さん〟がファイルのひとつを手にし、紙束とともに差し出してきた。

「これ」

「すいません。ありがとうございます」

「違うの。この絵柄は? お人形でしょうか?」

 少し慌てる。私物のそのクリアファイルはキャラクターの写真が大きく刷り込まれたっぽいもので少しきまり悪い。

「はい。最近やってたテレビ人形劇のなんです」

「こういう番組があるんですね」

 タイトルロゴを小声で読み上げ頷いた〝能面さん〟は私にファイルを返してくれた。彼女の唇が薄く綻びたような気がした。

「これも」

 差し出されて初めて私は眼鏡を飛ばしてしまっていたことに気づく。

「あ、ありがとう」

「それでは失礼します。――突然ドアを引いてしまってごめんなさい」

 〝能面さん〟がそう言って生徒会室を出ようとしたところに生徒会長から声がかかる。

「ああ、さっきの相談、今ぶつかったそこのに担当させようと思うので役立ててやってください」

「は?」

 突然名前を出され、掛け直したばかりの眼鏡がずり落ちる。〝能面さん〟は少し戸惑ったようだったけれど「よろしくお願いします」とプレーンな発音で頭を下げて生徒会室から出て行った。

 ――能面ってわけでもないらしい。

 奇妙に赤く見えた唇も印象に残った。

 ――あれ?

 彼女が去り際に起こした微風そよかぜは惹かれる香りを帯びていたような気がした。


 会議を終えたところで会長に呼び止められ先ほどの〝能面さん〟への対応を指示された。彼女は新たな部活動を設立したくて生徒会に相談に来たのだという。

「外部組ですよね、あの人」

先生からこっちに回されてきた」

「何で私なんです?」

「じっ、せ、き」

「はいはい。で、今の子は何をやりたがってるんですか?」

「ん。ええと、乙女――なんとか。なんだっけ。直接聞いて。話は聞いたけどあたしにはよくわからなかったんだよな」

 いつもながら大雑把な会長だった。

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