第25話 思惑

「ちょっと。人形遣い」

 いつものように寮の玄関ロビーで練習していたところだった。

「こんばんは、松里さん」

「月華さんがあんたの人形作ってるって、本当?」

「試作のヘツドを見せていただきましたが」

「なんでボクじゃないのさ!」

「はい?」

「なんであんたみたいなぺーぺーの人形遣いが選ばれるんだよ」

「そう言われましても」

「わかってるけどさ。あんたが何かしたんじゃないのは。月華さんは新入りが動かせる人じゃないし。でも、ボクのシャミがあんたの芸に負けたなんて絶対思えない」

「松里さん、月華さんに人形にして欲しいんですか?」

「当然!」

「モデルになると不幸になるって噂らしいですけれど」

「そんなのどうでもいい。ボクはあの人の人形に憧れて、ここに来たんだっ。なのになんで後からひょっこり現れた駆け出しの人形遣いがあの人のモデルになってるんだよっ」

「……ところでどこで人形の話を?」

「月華さん本人に決まってるじゃん。悔しくって一の糸が切れた」

「あの人は何をしようとしているのでしょう」

「人形作りに決まってる。知るもんか。あんたなんて十字架クリージウの丘カルナスに埋められちゃえばいいんだっ」

 リトアニアの景勝地とよく似た学内の名所が挙がる。

「……月華さんはなぜあなたに教えたのでしょう。ファンなのはあの人もご存じですよね。あなたが人形のモデルになりたがっていることも」

「だから悔しいんだよっ」

「ではなくて。月華さんは何か狙いがあってあなたを動かしたのでは」

「何かって、何さ」

「わかりません」

「…………」

「私はあの人のお人柄をよく知りませんが『思惑』という言葉を使っていました」

「思惑?」

「彼女は人形の頭を作り始めてる。あなたを意図的に巻き込んで。――六花りっか館の人形と写真集を見て思ったのですが、今のこの状況、すでに月華さんの『思惑』なのでは」

 金の髪の人形師は人形自体をほとんど残さないと写真集に書かれていた。モデルとなった人物に与えるか壊してしまう、と。関わった人々との人間関係が人形に反映されている、とも。

「外部組のあんたに月華さんの何がわかるのさっ」

「余所者だからこそ、ここがおかしな場所だってことはわかります」

 松里さんが唇を尖らす。

「なんか意外だ。あんた、最初はボクにぼろくそ言われただけでめそめそしてたのに」

「松里さんは月華さんの弟子っぽいです」

「どういう意味さ」

 意味ありげに笑ってみせる。私は人形遣いで、間もなく十六になる。私自身の表情も手足もそろそろ遣えるようになっても良い頃合いだった。

「月華さんは刀禰谷さんの『思惑』にも触れていました。私にはどちらも変わらないような気もするのですが。松里さんに心当たりはありませんか?」

「……あいつ、性格悪いんだよ」

「親切にしてくださいますよ」

「そう、それ。お膳立てをさ、わーっと整えて『はい、選べ』ってやんの。あの眼鏡、こっちが望みそうな一番魅かれる道を見せてさ。ボクの親はボクのやりたがることぜんぶ潰して教育のつもりでいる人たちだったから、最初嬉しかったけど、悪魔みたいだって気づいた。拒めないんだ。あいつが思い描いたようになってっちゃう。あんたも人形遣いのつもりでいても遣われてるかもよ」

 そうかもしれません、と私は頷く。

「人形遣いに求められるのは精確に人形を操ることです。十七世紀の名舞台と同じものを見せる。戯曲――シナリオという糸に操られる側ですから」

「あんたはそれでいいの?」

「演目を選ぶのは、私です」

「ボクはごめんだな。誰かに遣われるのも遣うのも。月華さんならともかく」

 棘のある三味線弾きの性格も少しだけ可愛らしく思え、ふふ、と笑いが漏れる。

「知ってますか?」

「何がさ」

「この人形、頭を動かす糸は三味線用の絹なんです」

「なんだよ! ボクはぺーぺーの人形遣いにまで遣われる側だって言いたいの?」

 松里さんは癇癪を起こして回れ右をし、階段を上がっていってしまった。

「松里さんも刀禰谷さんが送り出していたんですね」

 少し妬けます、と独りごちると時計の鐘が一度鳴って応えた。

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