第23話 月華さんのアプローチ

「あら、乙女文楽の」

「こんばんは、月華さん」

「ちょうどいいわ。荷物運び、手伝ってちょうだい」

「荷物ですか」

 元は黒だったろうエプロンドレスと金色の髪はあちこちに粘土の粉らしきものが付いてまるで灰被り姫だ。

「そ。こっち」

 受付前に連れて行かれ、示されるままに段ボール箱を台車へと積む。月華さん自身は当然のように何もしない。

「南畝だっけ。あんた、力持ちね。持ち方がうまいのかしら」

 あまり褒められている気がしない。

「あちこち部活見学したんですって?」

「はい」

 女社会は狭い、らしい。

「刀禰谷の思惑通りになっていく気がするわ」

「……そうですね」

「上まで付き合いなさいな。工房で荷物を降ろすのも手伝ってちょうだい」

「エレベーター、使っていいんですか」

「鍵は借りてあるの。要らないわ」

 心配、と言われなければ思い出さなかった猟奇的な噂話が脳裏を過り閉口させられる。

 ――この人、わざとだ。

 好感が持てるとはいえない性格らしい。

 台車を押して入った部屋は前回と同じように机以外の照明が落とされていた。

「そっちの隅にお願い。ありがと。――ああ、ね、これ、どうかしら?」

 示された机の上には乾燥を待っているらしい人形の頭が棒の先にかかる。

「これは」

「試しに作ってみたの」

 毒気のない笑顔に咲いた薔薇のような唇は紡ぐ声も珠を転がすようだったけれど薄く不吉な気配を湛えていた。

 彼女が示した先にあったのは私の首のようだった。

「……林檎飴みたいですね」

「割と良い出来だと思うの。でも、もう少し調整がいるわね」

「私、ですか。これ」

 くすくす、という擬音以外に表しようのない笑い。

「刀禰谷のも作ってみるつもり」

「作って、どうするんですか」

「さあ?」

 月華さんがなぜこんなものを私に見せようとするのかよくわからなかった。

「刀禰谷は、思惑に基づいて動いているわ」

「思惑……」

「あたしはあんたや刀禰谷の思惑に機械的に反応する」

「私? 機械?」

「意思は仮初め。あたしたちは皆、機械仕掛けの人形オートマタ。誰が操るわけでもない、ね」

「意味がよく……」

「わからなくていいわ。あんたの眼と耳が知っている。脳が無数の堂々巡りの果てに可能性の中から行動を決める。行動をはじめてから、そうしたかったのだと、意思という後付けの物語を紡ぐ。あたしたちの認識する世界は、現実からコンマ三秒遅れているの」

 作りかけの人形の顔から目を離せなかった。すぐ隣ではケースに収められたドールアイが並んで私を見つめていた。周囲には彫刻刀や小ぶりな鋸、リューターといった道具が転がっていて、海外ドラマで見る遺体安置所モルグを思い起こさせた。人形作りに使うには場違いな無骨なナイフがコルクの台座に突き立っているのも目に入る。デスクライトの光が届かず影になった作業机の隅が絵の具でもこぼしたのか赤黒く染まって見えた。壁にはポプリらしいものも掛かり、削られた粘土のものだろうか、石粉が積もって石膏細工めいていた。おがくずやセメントの匂いに満ちた部屋の空気に花の香りが混ざり、まるで腐臭だった。さまよわせた視線がクローゼットの扉の下からはみ出す黒髪の束を見つけてしまう。

 こく、と喉が鳴る。

 ――人形の材料、のはず。

 理性の囁きも私自身を納得させることはできなかった。馬鹿馬鹿しい、と一笑に付したこの小柄な少女に纏わる噂話の数々を思い出す。

 ――ここは、駄目だ。

 身体が勝手に後じさり、向きを変える。呼吸もままならないまま泳ぐようにドアにたどり着きノブを捻ってようやく呪縛を断つことができた気がした。背後から調子の外れた幼い哄笑が追いかけてくる。声を振り払うように階段を駆け下り自室に戻った。同室者たちは怪訝な顔をしたけれど私は構わずにそのままベッドに飛び込んで布団を被る。

 とても眠れない、と肩を抱いた。

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