第11話 乙女文楽部申請
翌日の夕、南畝さんの部屋の前に立ちどう話を切り出そうかと頭を整理し心を決めてノックしようとしたところで扉が開いた。
「おわっと」
「あら?」
拳が空を切って上体が泳ぎ、顔を覗かせた南畝さんと鉢合わせになった。
「わわっ。ごめんなさいっ」
「刀禰谷さん?」
「お邪魔しようと思ったんだけど。お出かけ?」
「ううん。誰か来たみたいな気がして様子を見ようと」
「私でした。ごめんなさい。怪しくて」
「生徒会室を思い出しますね。どうぞ、入って」
南畝さん以外の住人は部屋を空けていたらしい。座卓を挟んで南畝さんと向かい合う。
「勉強は済んだ?」
「自習時間に」
「そっか。自由時間を使わせてしまって悪いけど、部活の話をしておきたくて」
「大歓迎です」
「まず。部活自体はね、部員一人でも申請通るんだ」
「そうなんですか?」
「顧問はいなくて大丈夫。活動場所は生徒会から割り当てます。希望はできるだけ優先するけど空き教室が取りやすいかな。クラブハウスは今は空きがないからたむろするようなスペースはあげられないです」
予算は夏休み明けの来期分から申請ができること、当座の活動予算は予備費から出せること、校外での活動では都度臨時の顧問を探し引率してもらうこと、指導者を招聘したい場合は生徒会を通じて学校の許可を得ること、エトセトラ・エトセトラ。
「活動自体は間違いなくできるようになるから、安心して」
「簡単そうに聞こえますね」
「簡単だよ。うちは一人の部活でもサポートをもらえる仕組みができてるからね。公式に部になれば校外遠征も公休になるよ」
「遠征?」
「合宿や大会みたいなの、大抵のジャンルにあるでしょ。乙女文楽にはそういうの、ない?」
南畝さんが首を振る。ならば、と記憶を頼りにネットを探る。
「――あった。『高等学校演劇発表大会』。これ、うちの演劇部も時々挑戦してる。人形劇専門だと『全国高等学校総合文化祭』の開催地主催ローカルイベントで人形劇部門があるね。あ、伝統芸能部門も。参考程度にしてくれるといいんだけど、こういう外のイベントへの参加を織り込んでおくと予算が取りやすくなります。地区大会入賞とかすると予算会議で強いよ。ブロック大会まで行けばすごく強いです」
「大会なんて想像もしてなかったです」
「うん。一応、知識として持っておいて。総合文化祭とか割と結果が理不尽だったりするし演劇大会は先鋭化されちゃって活動自体大会向けに特化しないと勝ち抜けないっぽいから強くは勧められないんだけど。部員の当ては?」
南畝さんが頭を振る。
「そっか。私だけだね」
「参加、してくださるんですか?」
「うん。それは決めてた。言ってなかったっけ」と私は座布団を降りて頭を下げる。「私も参加させてください。サポートは任せて」
「ありがとうございますっ。でも、あの、本当に一緒にやってくれるんですか?」
「南畝さんが良ければ」
「もちろん!」
よろしくお願いします、と互いに頭を下げ合う。
「お嫁入りっぽいですね」
「三つ指突いて」
フィクションの中でしか知らない知識に笑い合う。
「とりあえず部活申請を出しちゃおう」
今ですか、と目を丸くする南畝さんにスマートフォンの生徒手帳アプリを呼び出してもらい五分で手続きは済んだ。生徒会執行部の審査と学校側の承認も通るだろう。下調べと教師たちへの説明は十分に重ねてあった。生徒会の定番業務だ。
「そうだ、部長」
「私、部長ですか」
「当然」
「……そうですね。それで、なんでしょう」
「ひとつだけお願いというか、我儘をきいて欲しいなって」
「はい」
「今のところ他に人がいないので自動的に私が副部長で会計で唯一の平部員になるわけですが」
「うん」
「何か頑張ったときには、その、労いが欲しいなって」
「ええと。どうすればいいですか? 飴ちゃん食べます?」
「大阪のおばはんですかっ、て漫才じゃなくて、その、できれば……ハグをお願いしてもいいですか」
南畝さんの目が丸くなり、噴き出してしまった。
「南畝さんっ。真面目なお願いなんだよっ」
「ふふっ。いいですけれど、でも、なぜハグなのでしょう?」
「もう、笑わないで欲しいなぁ。言うの、すごく恥ずかしかったんだから。言い訳をさせてもらうとですね、その、友達というのにずっと憧れていてですね」
最近観た映画でもハグに焦点が当てられていてその影響もあったかもしれない。
「刀禰谷さん、友人たくさんおいででしょう。対人スキル高いですし」
「生徒会のお仕事も四年目ですから。でも、気づいたら休みの日も一人で布袋劇を見たり人形を愛でたりで。一緒に遊ぶ友達も作れていませんでした」
「会社人間のお父さんみたいですね」
「反省して改善を試みていると思ってください」
「それでハグ? 刀禰谷さんの発想は不思議」
なぜ南畝さんの笑う姿はこんなにも眩しいのだろう。
「駄目?」
ちょっとばかり恨めしげな口調になってしまったかもしれない。彼女が再び笑う。
「実は、私も女子高っぽくてちょっといいなと」
「じゃあ」
はい、と南畝さんは気負いもなく自然に私を抱きしめる。
「力を貸してくれてありがとう」
軽く背中に回された南畝さんの腕に、きゅ、と力が込められる。
――本当の友達になりたい。
乾ききらない髪の香りにはなぜか後ろめたさが伴った。
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