恋愛未満の恋人

第20話 おためしの恋人関係

 あれは、高校二年生の春だった。



 ――好きです。


 お店にかよっていたのも、コーヒーじゃなくて見守みもりくんが好きだからです。つきあってください……!



 クラスメイトであり、店の常連でもあった三角愛みすみあいからそう告白されたのは。




 *‐*‐*‐*‐*




 小学生のころはお小遣い目あてだった、家業である『喫茶ミモリ』の手伝いも、高校生になったころにはもう習慣になっていた。


 クラスメイトである愛が『最近コーヒーにハマってて』と、店にくるようになったのはいつごろからだったか。よくおぼえていないけれど、ともかくその日もお客としてきていた。そして、それは会計のときに起こった。


「お願い! 五分だけ時間ください。ふたりだけで話がしたいの……!」


 まるで決闘でも申しこむようないきおいでそうせまられ、いったいなにごとかと店の裏口にまわった。


 ――好きです。


 そこで告げられた彼女の気持ちは、ほんとうに想像もしていなかったもので、しのぶにとってはまさかの告白だった。


 どう返事をすればいいのか。『ありがとう』といえば了承したことになってしまいそうだし。だからといって『ごめんなさい』なんていったら卒倒してしまうのではないか――と、つい心配になった。

 それくらい、そのときの彼女は切羽つまったような、追いつめられたような、なにか――とても必死な顔をしていたのだ。


 なんと答えるのが正解なのか。言葉を探すうち、忍は完全に言葉を失ってしまった。そうしたら今度は『好きか嫌いか』と問われ、ますます困惑するハメになった。


 これはもう正直にいくしかない――と、そう思ったのはいいとして。最終的に口から出たのが「嫌いではないけど、好きでもない。そもそもよく知らないし」とは。正直ならいいというものではないだろうに。いくら動揺していたとはいえ我ながらひどいと思う。ほんとうに。


 そんな、ふつうなら怒られてもしかたないような発言をしてしまったわけだが、意外にも愛は笑ってくれた。見守くんぽい――と。それはそれでどうかと思うのだが。それでもそのとき思ったのだ。


 この子とつきあったら楽しそうだな――と。


 だから。恋とかなんとか、そういうのはよくわからなかったけれど。


 とりあえず『おためし』でいいから、まずはおたがいを『知るため』につきあってみないか――という愛の提案を受けいれることにしたのだ。


 ただ、そこでひとつ予想外のことが起きた。


 ほとんど毎日のようにきていた紗菜子が、ぱったりと顔を見せなくなってしまったのである。

 放課後や週末など、友だちとの約束がないときは『喫茶ミモリ』で、忍と一緒に過ごすのが紗菜子の習慣だったのに。


 なぜ急にこなくなったのか――本人にたずねてみれば『わたしはそんなにヤボな女じゃないの』と、あきれたように返されてしまった。いわく、たとえ小学生でも妹分でも『よその女が自分の彼氏にベタベタしてたらいい気はしない』ということらしい。


 ……いったいどこでそんなことをおぼえてくるのか。まぁ、おそらくは少女マンガから仕入れた知識だろうが。


 それでも、紗菜子は最初から愛の気持ちを見抜いていた。




 *‐*‐*‐*‐*




 それは、愛から告白される少しまえのことだった。


 月に一度か二度のペースでお店にかよってきていた愛のことを、紗菜子が『彼女なのか』とたずねてきて、忍は『ただのクラスメイト』だとこたえたのだが。


『そうなんだ。でもたぶん、お姉さんはノブちゃんのこと好きだよ』と。


 当然のことのようにそういっていたのである。つまり、忍がまったく考えもしていなかったころから紗菜子は愛の気持ちに気づいていたわけだ。

 さらに、これは愛から聞いたのだけど、彼女に告白するようアドバイスをしたのもじつは紗菜子だった――というのだから驚く。


 そんな、小学生ながらよく気のまわる紗菜子にくらべると、どうも自分はそういった恋愛的な機微にうといらしい――と、忍も自覚せざるを得なくなったというかなんというか。紗菜子のほうが、よほどその手のことにつうじているような気がして。たとえそれが少女マンガから得た知識であろうとも。いまいち釈然としなかろうとも。ここは紗菜子のいうとおりにしておいたほうがよさそうだ――と、いちおう納得したのである。

 もっとも、愛にも都合があるし毎日会っていたわけでもないので、そういうときは忍のほうが紗菜子の顔を見にいくようになったのだけど。



 とにもかくにも。そうしてはじまった愛とのつきあいは順調――だったと思う。もしかしたら、そう思っていたのは忍だけだったのかもしれないけれど。いや、そうなのだろう。


 忍が感じていた『順調』は、愛の『がまん』の上に成り立っていたのだから。



     (つづく)



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