第14話 女友だち

『えらい! よくやった! おめでとう!!』


 スマホの向こうで奈子なこの声がはしゃいでいる。


「いや、まだうまくいったわけじゃないからね?」


 紗菜子さなこは苦笑しながらごろんとベッドに寝転がった。夕食後、これまでの経緯としのぶをデートに誘った件をメールで報告したらすぐさま電話がかかってきたのだ。


『だーいじょーぶよぉー。だって見守みもりさんだもん』


 だって――の意味がわからないのだけど。


『それにしても、なんかいろいろ納得した。あんたも大概めんどくさい女だと思ってたけど、フィルター二重でかかっちゃってたんだねぇ』


 まったく奈子には遠慮がない。けれど裏もない。紗菜子にとって、奈子ほど気楽につきあえる女友だちはほかにいなかった。


「うん……そうみたい」


 誘拐未遂事件のときは『お兄ちゃんだから』おおきくなっても忍は怖くならない――と、自分に暗示をかけた。そして、忍が恋人と別れたときは『妹だから』ずっと変わらずそばにいられる――と、思いこんだ。

 それはちょっとやそっとじゃやぶれない、強力な二重フィルターだった。


『いやぁ、感慨深いねぇ。ここまで長かった』

「だから、まだなにもはじまってないからね?」

『デートはOKしてくれたんでしょ?』

「それは……うん」

『あんたの乙女な憧れも知ったうえで』

「……たぶん」

『ほらぁー』


 そういわれると、大丈夫な気もしてこなくはないのだけど。


『なーに。まためんどくさいこと考えてんの?』

「だって、不倫なんかしてたし」

『……まじめだねぇ、ほんと』


 そういわれても、気にするなというほうが無理だと思う。忍は紗菜子に甘いからなおさらだ。もしかしたらデートの誘いを受けてくれたのだって、紗菜子の勢いにのまれてしまっただけかもしれないし。


『さぁーなー。それはいくらなんでも見守さんに失礼だよ。まぁ……確かにちょっと押しに弱そうではあるけど』

「でしょ?」

『いやっでも……! 大丈夫……! わたしが保証する』

「えぇ……なんで奈子が」

『できるよ。ある意味似た者同士だもん、あんたたち』

「似た者……どこが?」

『なにもかもが』

「んなバカな」

『そう思うのはたぶん本人たちだけね。あんたらことをよく知ってる人たちに聞いてみなさいよ。きっとみんなうなずくから』


 そうだろうか。釈然としないけれど、自分のことがまったく見えていなかったこれまでのことを考えると、ほんのちょっぴり『そうかもしれない』とも思ってしまう。


『ただ、ちょーっとはやまったよね』

「え」

『だって見守さんの誕生日まで、まだ一か月以上あるよね?』

「…………」


 そうなのだ。きのう、あの場では『今』誘わないと一生このままだ――と思ってしまったのだけど、一夜明けてみれば、もう少し誕生日近くまで待てばよかった……と、思わなくもない。

 これから一か月。なるべく考えないように、意識しないように……できるだろうか。


『無理だね』


 奈子は今日もまたバッサリである。


『だからさ。どんどん考えればいいんだよ。行きたい場所でもいいし、食べたいものでもいいし、デートで『したいこと』を考えればいい。あとは着ていく服とか下着とか新調してもいいよね』


 ――……なるほど。


 考えないことが無理なら方向を変えて積極的に考える。奈子のこういう発想には、むかしから何度もたすけられてきた。


 でもそうか。服か。


『うん、決まり。デート服、一緒に買いに行こ。紗菜、次のお休みいつ?』

「木曜日だけど……」

『木曜……木曜……うん、大丈夫。じゃあその日に』


 まだ『行く』とはいっていないのだけど、テキパキと奈子は日程をきめてしまった。どうやら押しに弱いのは忍だけではない――というか、きっとこういうところから『似た者同士』といわれるのだと、妙に納得してしまった紗菜子である。



 *‐*‐*‐*‐*



 試着室から出た紗菜子を見て、奈子はおおきくうなずいた。


「うん、かわいい」

「……かわいすぎない?」


 小花柄のキャミワンピは前よりうしろの裾が長いアシンメトリーだ。デニムジャケットをあわせてほどよくカジュアルダウンしている。


「大丈夫。ちゃんとエロかわいい」

「いや、そういうことじゃなくて」


 約束の木曜日。朝からお昼をはさんで数時間。普段自分ではえらばないような服ばかり、とっかえひっかえ着せ替え人形にされること四軒目。ようやく奈子のOKが出た。


「よし、じゃあ次は下着!」

「えっ、下着はべつにいいよ」

「なにいってんの。そっちが本命なのに」

「ええぇ?」


 がしっと両肩をつかまれる。


「いい? 紗菜。見せる見せないの問題じゃないの。心構えの問題。妹、やめるんでしょ?」

「う、うん」

「なら、行っくよー」


 とても楽しそうというか、うれしそうというか、奈子がものすごくはりきっている。


 それが――伝染したのだろうか。


「……奈子」

「うん?」

「……ありがと」


 奈子が本気でよろこんでくれているのがわかるから。


「……なっ……なに、いきなり」

「んー、なんか、ちょっといいたくなった」


 だいぶ気がはやいとは思うけど、その気持ちがうれしい。


「さ、紗菜……そういうのはねぇ……ああ、もう……! わたしをキュンとさせてどうすんのよ!」

「……はい?」

「そういうのは見守さんにやって」


 ――意味がわからない。


「あのね、紗菜。あんた、かわいいの」

「……うん?」

「下からね、そのくりっとおっきい目で見られて、ニコッとくしゃっと笑われたらね、こう、なんか……なんかクルのよ!」


 ――……ますますわからない。


「たかが十センチ差でこれだもんねぇ……」


 スラッとキリッと美人でスタイルもいい奈子との身長差は中学時代からほとんど変わっていない。


「わたしそっちの趣味はないはずなんだけどなぁ。ていうか、見守さん……ほんと、よく今までがまんしたよね……」

「……さっきっからなんの話してんの?」

「うーん……スケスケの下着買おうか」

「か、買わないよ、そんなの!」

「まぁ、そうだね。男の人は見えすぎてもひくらしいからねぇ」


 どこか遠い目をして――ほんとうに、いったいなんの話だ。


「よし。とびっきりそそる下着探すよー!」

「えっ、ちょ……」


 謎のスイッチがはいってしまった奈子にひっぱられ、ここからさらに二軒のランジェリーショップをめぐることになる紗菜子だった。



     (つづく)



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